「進行をお願いします」で何を渡されているのか
「当日の進行、お願いできますか」。この一言で仕事が始まることは少なくありません。しかし、その一言には、何をどこまでやってほしいのかがほとんど含まれていません。
依頼した側は「登壇者を紹介して、質疑をまわして、時間内に終わらせてほしい」くらいのつもりでいることが多いものです。引き受けた側は、台本を渡されて初めて、自分が何を任されたのかを考え始めます。そして本番中に想定外のことが起きたとき、それが自分の担当なのかどうかが分からないまま判断を迫られます。
モデレーターとは、場の目的を最後まで保ち、発言をつなぎ、参加者を守ることに責任を持つ役割です。台本を読む人でも、司会進行の作業者でもありません。役割の範囲を先に定めておくと、当日の判断が速くなり、そもそも引き受けるかどうかの判断もできるようになります。
モデレーターが引き受けているのは時間管理ではない
進行役の仕事は時間管理だと思われがちです。実際、押した時間を戻すのは進行役の仕事のひとつではあります。しかし、それが中心ではありません。
会議に費やす時間の負担と、働く人の職務態度や幸福感の関係を調べた研究があります。Rogelberg 氏らは会議を「中断」の枠組みで捉え、二つの調査でその関係を検討しました。そこで示されたのは、時間の負担だけで説明が付くわけではなく、参加者が感じる会議の有効性が、職務態度・幸福感と強い直接的な関係を持っていたということです。
時間内に終わったかどうかと、参加した人が「意味のある時間だった」と感じたかどうかは、別のことです。時間だけを守って中身が薄い場は、参加者の時間を奪ったという意味では、時間を超過した場と同じか、それ以上の損失を出します。モデレーターが引き受けているのは、この「有効だったかどうか」の側です。
役割を構成する3つの責任
モデレーターの責任は、次の3つに整理できます。
- 目的 — 何のための場かを、最後まで持ち続ける
- 流れ — 発言をつなぎ、聞き手が迷わない道をつくる
- 安全 — 登壇者と聞き手の双方を守る
この3つの外側にあるものは、原則としてモデレーターの担当ではありません。逆に、この3つの内側にあることは、台本に書かれていなくても引き受けている、と考えるのが実務的です。
目的 — 何のための場かを最後まで持ち続ける
場の目的を決めるのは主催者です。しかし、その目的を最後まで手放さずに持っているのはモデレーターです。ここが分かれ目になります。
会議の設計要素と、参加者が感じる有効性の関係を調べた研究では、議題が使われているかどうかといった設計上の特徴が、有効性の知覚を予測していました。さらに、その関係を媒介していたのは参加者の関与でした。何のための場かがはっきりしていることは、参加者がその場に関わる度合いを通して、場の評価につながっていきます。
本番中、話は必ず目的から逸れます。登壇者が自社の宣伝に流れる、質疑が特定の一人の関心に寄る、面白い脱線が続いて予定の論点に戻れない。そのとき「今日は何のために集まったか」を言葉にして戻せるのはモデレーターだけです。戻し方の技術以前に、目的を持ち続けていること自体が責任だと考えてください。事前に何をどこまで詰めておくかはプロ司会者が本番前にしている準備で扱っています。
流れ — 発言をつなぎ、聞き手が迷わない道をつくる
登壇者が良いことを話しても、それが前の発言とどうつながるのかが見えなければ、聞き手には届きません。発言と発言の間をつなぎ、いま何の話をしているのかを示し続けるのが流れの責任です。
実際のチーム会議92件を録画し、発言を分類して分析した研究では、問題解決や行動計画といった機能的なやりとりが多い会議ほど参加者の満足度が高く、チームの生産性とも関連していました。一方で、他者への批判や不満といった機能不全のやりとりは満足度や成果と負の関係にあり、その負の影響のほうが、機能的なやりとりの正の影響よりも大きく出ていました。
流れをつくるとは、良いやりとりを増やすことと、崩れたやりとりを長引かせないことの両方です。誰かが一方的に長く話し続ける、話が個人への批判に変わる、質問が質問の形をした主張になる。こうした状態は、放置した時間の分だけ場を損ないます。具体的な問いの立て方や間の取り方といった技術はパネルディスカッションを盛り上げる進行術で扱っているので、本稿では役割の範囲として押さえておきます。
安全 — 登壇者と聞き手の双方を守る
3つ目は、その場にいる人を守ることです。登壇者が答えに窮したまま放置されない、聞き手が置き去りにされない、誰かが不用意に傷つく発言を受けない。これらはすべてモデレーターの担当です。
上司が主導する会議を対象にした調査(291名)では、進行する側が参加者を公正に扱っているという受け止めや、良い会議運営が行われているという受け止めが、上司との関係の質を介して、組織から支えられているという感覚や、会議を支える自発的な行動につながっていました。場を進める側の振る舞いが、その場の評価だけでなく参加者のその後の行動にも関わることを示した研究です。
この調査が扱ったのは上司主導の社内会議であり、外部のモデレーターを対象にしたものではありません。それでも、進行する立場の扱い方が参加者の受け止めを左右するという構図は共通します。登壇者が話しやすい状態をどうつくるかは登壇者が「話しやすい」と感じる進行に譲ります。
モデレーターがやらないこと
役割の範囲は、やらないことを決めて初めて閉じます。次の3つは、モデレーターの担当ではありません。
- 自分の意見を主張すること — 進行者が持論を述べ始めると、その場は登壇者の場ではなくなります
- 発言を評価すること — 「素晴らしいご意見ですね」を重ねると、評価されなかった発言が相対的に低く見えます
- 結論を出すこと — 議論をまとめて言い直すことと、結論を決めることは違います。決めるのは主催者と登壇者です
たとえば、登壇者が「採用は最終的に人柄で決まる」と述べたとします。ここで進行者が「私もそう思います」と受ければ、その主張は場の合意として扱われます。「人柄という言葉を、もう少し具体的に伺えますか」と返せば、判断は聞き手に残ります。同じ場面で、進行者の一言が意見表明にも整理にもなり得ます。
要約と主張の境目は曖昧になりがちです。判断の目安は、その言葉が登壇者の発言から出ているか、自分の考えから出ているかです。外部の人間が進行に入ることで何が変わるかは外部モデレーターを入れる効果とはで扱っています。
主催者・登壇者との責任分担
役割の範囲がずれる原因の多くは、隣の担当との境目が曖昧なことにあります。おおまかには次のように分かれます。
| 担当 | 責任の中心 |
|---|---|
| 主催者 | 何のための場かを決める。登壇者と参加者を集める。成果を引き取る |
| 登壇者 | 話す内容の正確さと質。自分の専門領域の説明 |
| モデレーター | 目的を保つ。発言をつなぐ。その場にいる人を守る |
内容の誤りを訂正するのは登壇者の責任であり、モデレーターが専門的な内容を評価する立場にはありません。一方、場が目的から離れたまま進むことは、主催者ではなくモデレーターの責任です。
境目が問題になるのは、たいてい次の3つの場面です。登壇者が事実と異なることを述べたとき、質疑が特定の登壇者への批判に向かったとき、時間が押して何かを削らなければならないとき。1つ目は登壇者と主催者の領域で、2つ目と3つ目はモデレーターの判断範囲に入ります。この3つを事前に主催者と合わせておくだけでも、当日に迷う場面はかなり減ります。
社内の担当者が自分で司会を務める場合は分担が重なるため、その実務は社内イベントの司会を任されたらを参照してください。
引き受ける前に決めておく5つのこと
依頼を受けた段階で、次の5つを主催者と確認しておくと、本番中の判断が迷わなくなります。
- この場の目的 — 参加者に何が起きたら成功なのか
- 結論を出す場かどうか — 出すなら、決めるのは誰か
- 時間が押したときの優先順位 — どの要素を削ってよいか
- 質疑の扱い — 事前収集か、その場か。答えにくい質問が出たときはどうするか
- 止めてよい範囲 — 特定の話題や表現を、進行側の判断で止めてよいか
5つ目は特に確認しておく価値があります。止めてよいと分かっていれば、その場で判断できます。曖昧なまま本番に入ると、止めるべき場面で止められません。
この5つは、見積もりや契約の前に尋ねても失礼にはあたりません。むしろ、ここを聞く進行者は準備が早いと受け取られます。答えが返ってこない項目があれば、それは主催者側でもまだ決まっていないということなので、当日までに決めてもらう対象になります。
その進行がうまくいったかを何で判断するか
進行の評価は、当日の盛り上がりや、噛まずに話せたかどうかで測られがちです。しかし、役割の範囲を目的・流れ・安全に置くなら、判断の材料も次の3つになります。
- 参加者が、この場は何のための時間だったかを言えるか
- 発言が単発で終わらず、前後がつながって聞こえたか
- 登壇者が「また出てもよい」と感じたか
主観的に見える基準ですが、参加者が感じる有効性が場の価値と関係するという先の研究の示すところとは矛盾しません。逆に、進行者自身がよく話せたかどうかは、この3つのどれにも含まれません。
終了後に主催者へ渡す振り返りも、この3点に沿って言葉にしておくと次につながります。どの発言が論点を動かしたか、どこで流れが止まったか、時間が押したときに何を削ったか。進行中に起きたことは主催者側にほとんど記録が残らないため、進行者からしか出てこない情報です。会議で存在感を出す短い発言術で扱った短い発言の考え方は、進行する側にもそのまま当てはまります。
まとめ
モデレーターの役割は、台本の読み上げでも時間管理でもなく、目的・流れ・安全の3つに責任を持つことです。この範囲の外側にある「自分の意見」「発言の評価」「結論を出すこと」は担当ではありません。
引き受ける前に、目的・結論の所在・削ってよい要素・質疑の扱い・止めてよい範囲の5つを決めておく。この線引きが済んでいれば、当日どれだけ想定外が起きても、自分が何を守るべきかは変わりません。役割の範囲を持っていること自体が、進行の安定につながります。
参考文献・出典
本記事で触れた研究・一次情報は以下のとおりです。
- Rogelberg, S. G., Leach, D. J., Warr, P. B., & Burnfield, J. L. (2006). “Not another meeting!” Are meeting time demands related to employee well-being? Journal of Applied Psychology, 91(1), 83–96. https://doi.org/10.1037/0021-9010.91.1.83
- Leach, D. J., Rogelberg, S. G., Warr, P. B., & Burnfield, J. L. (2009). Perceived meeting effectiveness: The role of design characteristics. Journal of Business and Psychology, 24(1), 65–76. https://doi.org/10.1007/s10869-009-9092-6
- Kauffeld, S., & Lehmann-Willenbrock, N. (2012). Meetings matter: Effects of team meetings on team and organizational success. Small Group Research, 43(2), 130–158. https://doi.org/10.1177/1046496411429599
- Baran, B. E., Shanock, L. R., Rogelberg, S. G., & Scott, C. W. (2012). Leading group meetings: Supervisors’ actions, employee behaviors, and upward perceptions. Small Group Research, 43(3), 330–355. https://doi.org/10.1177/1046496411418252