イノベーションは「答え」より前に「問い」から始まる
会議でよくあるのは、すぐに解決策を出そうとする場面です。「売上を上げるには何をするか」「顧客満足度を上げるには何を変えるか」「新しい商品をどう作るか」——こうした問いに、すぐ答えを探し始めます。
もちろん、解決策は大切です。しかし、最初の問いが浅いままだと、出てくる答えも似たものになりがちです。たとえば「売上を上げるには?」という問いを、「お客様がもう一度相談したくなる体験は何か?」に変えるだけで、考える方向は大きく変わります。
問いは、思考の入口です。入口が変わると、見える景色も変わります。
この考え方は、デザイン思考が広く紹介される中で繰り返し強調されてきました。Brown が2008年に発表した論考でも、デザイン思考は特定のデザイナーの手法ではなく、問題の捉え方そのものを扱う姿勢として説明されています。既存の枠組みの中で解を探すのではなく、何が本当の問題なのかを問い直すところから始める、という発想です。
ビジネスの現場でこれが効くのは、多くの問題が「解き方が分からない」のではなく、「何を解くべきかが定まっていない」状態にあるからです。売上、離職、顧客満足。どれも大きすぎる問題として置かれたままだと、施策が総花的になります。問いを具体化する作業は、実行できる大きさまで問題を切り分ける作業でもあります。
よい問いは、相手を責めずに可能性を開く
よい問いには、共通点があります。それは、誰かを責めるのではなく、次の可能性を開くことです。
「なぜできないのか」ではなく「どうすれば一歩進めるか」——「誰の責任か」ではなく「どこに改善の余地があるか」。この違いは小さく見えます。しかし、会議の空気は大きく変わります。
スタンフォード d.school のデザイン思考では、ユーザーを理解するために質問を準備しつつ、会話の流れに応じて深掘りし、「なぜ?」を繰り返しながら本当の意味を探る姿勢が重視されています。問いは相手を追い詰めるためのものではありません。相手の中にある経験、違和感、本音を引き出すためのものです。
聞き方にも工夫が要ります。「この機能は便利ですか」と聞けば、多くの人は「便利です」と答えます。相手は、否定的な答えが相手を困らせると考えるためです。同じことを知りたいなら、「最後に使ったのはいつですか」「そのとき、何をしようとしていましたか」と、事実を尋ねます。
評価を聞くと意見が返り、事実を聞くと材料が返る。この違いは、問いを設計するうえで押さえておきたい点です。
問いを立てる前に、観察する
よい問いは、机の上で考えて出てくるものではありません。デザイン思考の進め方が、共感(相手を理解する段階)から始まるのはこのためです。
会議室で「顧客は何を求めているか」と議論しても、出てくるのは参加者の推測です。推測から立てた問いは、推測の範囲を出ません。実際に見に行くと、想定と違うことが見つかります。
観察で見るのは、相手が言うことだけではありません。
- 言っていること — 要望や不満として語られる内容
- していること — 実際の行動。言っていることと違う場合がある
- していないこと — 使っていない機能、飛ばしている手順。ここに理由がある
- 回避していること — 面倒なので別の方法で済ませている作業
とくに3つ目と4つ目に、問いの材料があります。人は、不便を意識せずに回避していることがあります。「特に困っていません」と答えた相手が、実際には毎回手作業で回避している、という場面は珍しくありません。この回避行動は、聞くだけでは出てきません。本人にとっては当たり前になっているためです。
観察のあとで問いを立てると、粒度が具体的になります。「顧客満足度をどう上げるか」ではなく、「申込フォームの3ページ目で離脱する人は、何に迷っているのか」。後者のほうが、検証も改善もできます。
How Might We — 問いの粒度を合わせる
d.school の実践でよく使われるのが、「How Might We(どうすれば、私たちは〜できるだろうか)」という形式です。日本語では「HMW」と略されることもあります。
この形式には、3つの語それぞれに役割があります。
- How(どうすれば) — 方法があるという前提を置く。「できるかどうか」の議論を先送りする
- Might(〜できるだろうか) — 断定を避ける。複数の案が出てよい状態をつくる
- We(私たちは) — 誰かの責任ではなく、共同で取り組む問題として置く
使ううえで最も難しいのは、粒度です。問いが広すぎると発想が拡散し、狭すぎると答えが一つに決まってしまいます。
広すぎる例:「どうすれば、私たちは顧客体験を改善できるだろうか」——何から手をつけてよいか分かりません。
狭すぎる例:「どうすれば、私たちは申込ボタンを赤色にできるだろうか」——すでに答えが問いの中に入っています。
適切な例:「どうすれば、私たちは初めて申し込む人が、途中で不安にならないようにできるだろうか」——方向は定まっているが、方法は複数あり得ます。
粒度を調整する方法があります。広すぎるときは、観察で見つけた具体的な場面を入れます。狭すぎるときは、「なぜそれをしたいのか」と一段上がります。この上下の調整を数回繰り返すと、扱いやすい問いに落ち着きます。慣れないうちは、広めに立ててから絞るほうが失敗しません。
ビジネスで使える「問いの型」
問いを立てる力は、才能ではありません。型を知れば、誰でも鍛えることができます。
1. 視点を変える問い
「自分たちは何を売りたいか」ではなく、「相手は何に困っているか」と考えます。顧客の立場に視点を移すだけで、提案の方向性が変わります。
2. 可能性を広げる問い
「できるか、できないか」ではなく、「小さく試すなら何ができるか」と考えます。制約を一度横に置き、実験の余地を探す姿勢がイノベーションを生みます。
3. 仮説をつくる問い
「なぜ反応が悪いのか」で止まらず、「もし原因が説明不足だとしたら、どこを変えるか」と考えます。問いに仮説を込めることで、検証すべき方向が明確になります。
3つは、順番に使うと機能します。まず視点を移して問題の見え方を変え、次に可能性を広げて選択肢を増やし、最後に仮説の形にして検証できるようにする。いきなり仮説から入ると、最初の思い込みを検証するだけで終わります。
問いが変わると、会議は報告の場から発見の場に変わります。企画は思いつきではなく仮説になります。対話は確認作業ではなく、創造の時間になります。
問いが空回りする場面
問いを重視する進め方には、うまくいかない場面もあります。導入する側が知っておくと、失敗を避けられます。
問いを出すだけで終わる。ワークショップで大量の問いを出し、付箋が並んだところで満足してしまう。翌週には誰も覚えていない、という状態です。出した問いのうち、次に検証するものを2つか3つに絞り、担当と期限を決めるところまでを一続きにします。
すでに答えが決まっている場で使う。方針が決定済みなのに「どうすれば〜できるだろうか」と問うと、参加者は形式的な発言をします。しかも、意見が採用されないことに気づいた時点で、次から本気で考えなくなります。決まっていることは、決まっていると伝えます。
問いの形式だけを持ち込む。「How Might We」という言い回しを使えば発想が広がるわけではありません。効くのは、観察で得た具体的な材料が背後にある場合です。材料がないまま形式だけ使うと、抽象的な問いが並びます。
時間の制約を無視する。発想を広げる段階には、時間が要ります。30分の会議に組み込むと、拡散したまま終わります。広げる場と、決める場は、分けて設定するほうが機能します。
実行の見通しがない。よい問いが立ち、よい案が出ても、それを試す余地が業務のどこにもなければ、次から誰も参加しなくなります。小さくてよいので、試せる枠を先に確保しておきます。月に半日、担当を一人。この程度でも、実行の見通しがあるかどうかで参加者の姿勢は変わります。
問いをためて、育てる
問いを立てる力を鍛えるうえで、実務的に効くのが記録です。よい問いは、必要になった瞬間に思いつくものではありません。
日常の中で気づいた違和感を、問いの形で書きためておきます。
- 「なぜこの作業だけ、毎回確認が必要になるのか」
- 「この説明を、なぜ顧客は二度聞き返すのか」
- 「この会議で、いつも決まらないのはどの論点か」
書く時点で答えは要りません。むしろ、答えの出ない問いほど残す価値があります。数か月後に見返すと、当時は分からなかった問いに、別の材料が集まっていることがあります。
ためた問いは、企画や改善の出発点になります。ゼロから「何か新しいことを」と考えるより、手元の問いリストから選ぶほうが、具体的な検討に入りやすくなります。
チームで共有すると、さらに効きます。一人では見えない場面の違和感が集まります。定例会議の最後の5分で「今週気づいた問い」を持ち寄る運用にすると、負担なく続けられます。この場では、問いへの答えを求めません。答えを求めると、答えられる問いしか出てこなくなります。
問いを立てる力は、その場のひらめきではなく、違和感を捨てずに残しておく習慣から育ちます。
まとめ
問いを立てる力とは、正解をすぐに探す力ではありません。問題の見方を変え、相手の本音を引き出し、新しい可能性を見つける力です。
AIが答えを出す時代だからこそ、人間には「何を問うか」が問われます。生成AIは、与えられた問いに対して整った答えを返します。しかし、その問いが的を外していれば、答えも的を外します。問いの質が、出力の上限を決めるということです。
問いを立てる力は、一日で身につくものではありません。観察し、粒度を調整し、記録し、検証する。この往復を続けた分だけ、問いの質は上がります。
よい問いは、よい未来をつくる入口です。「問いを立てる力」を実務に根づかせたい方は、エースクエアのAIビジネス教育プログラムをご活用ください。
参考文献・出典
本記事で触れた一次情報は以下のとおりです。
- Hasso Plattner Institute of Design at Stanford (d.school). Resources. https://dschool.stanford.edu/resources
- Brown, T. (2008). Design Thinking. Harvard Business Review. https://hbr.org/2008/06/design-thinking