同じ「司会」でも求められる成果が違う

「当日の司会をお願いしたい」。この依頼は、どの場でもほとんど同じ言葉で届きます。ところが、その言葉が指している仕事は、場によってまるで違います。

周年式典や懇親会の司会であれば、場を明るく保ち、式次第を滞りなく運ぶことが求められます。参加者が心地よく過ごし、予定どおりに終わればその日は成功です。一方、事業説明会やカンファレンス、経営陣が登壇するセッションでは、同じ「進行」という言葉でも期待されているものが違います。参加した人が内容を理解し、会場を出たあとに何かを始めることです。

ビジネスMCという言葉は、この後者を指します。職業の呼び名ではなく、場の目的が「参加者の次の行動」に置かれたときに必要になる職能のことです。成果の定義が違えば、うまくいったかどうかを測る物差しも、頼むべき相手も変わります。

進行役が何に責任を持つ役割なのかという役割の範囲そのものは、モデレーターの役割は、どこからどこまでかで扱いました。本記事はその次の問い、同じ進行役でも職能がどう分かれ、依頼側はどこで選び分けるのかを扱います。

場の目的が変わると、進行の評価軸が変わる

なぜ場の目的が変わると、必要な職能まで変わるのでしょうか。聞き手が情報をどう受け取るかを扱った研究が、ひとつの手がかりになります。

広告の受け手を対象にした実験で、Petty 氏らは、扱われている話題が自分に関係あると感じている度合い(関与)によって、態度を決める要因が変わることを示しました。関与が高い条件では主張そのものの質が態度を左右し、関与が低い条件では、広告に起用された人物が誰かという周辺的な手がかりのほうが効いていました。

これは進行役を扱った研究ではありません。ただ、示された構図は場の設計を考えるうえで示唆的です。参加者が自分の事業や判断に関わることとして聞いている場では、雰囲気や華やかさより、話の中身が整理されて届くかどうかが効いてくる。逆に、内容への関与がそもそも低い場では、誰が立っているかという表層の印象が相対的に大きく働きます。

ビジネスの場は、多くの場合その前者です。だからこそ、進行の評価軸も「盛り上がったか」ではなく「内容が届いたか」の側へ移ります。言い換えれば、聞き手が真剣に聞いている場ほど、進行役の演出力そのものは成果に効きにくくなるということです。

ビジネスMCを分ける3つの条件

イベント司会とビジネスMCを分ける条件は、次の3つに整理できます。

  • 成果 — 場の成否を、盛り上がりではなく参加者の次の行動で測る
  • 内容理解 — 事業と用語を理解したうえで、発言を意味のある形でつなぐ
  • 立ち位置 — 進行者自身が主役にならず、聞き手の注意を本題に残す

この3つは、発声や滑舌といった技術の上位にある条件です。技術が不要という意味ではなく、技術だけでは満たせない条件だという意味です。

ビジネスMCを分ける3つの条件。成果は次の行動で測ること、内容理解は事業と用語を理解して発言をつなぐこと、立ち位置は進行者が主役にならないこと。
図|ビジネスMCを分ける3つの条件

成果 — 盛り上がりではなく、次の行動が起きたか

イベント司会の成果は、その場のうちに現れます。会場が温まったか、笑いが起きたか、時間どおりに終わったか。当日の空気で判断できます。

ビジネスMCの成果は、終わったあとに現れます。参加者が資料を持ち帰って社内で共有したか、商談の打診が来たか、登壇者の話が意思決定の材料になったか。会場の熱量と、その後に起きた行動は一致しないことがあります。盛り上がったのに何も動かなかった場も、静かだったのに問い合わせが続いた場も、実際にあります。

この違いは、進行の作り方に直接効きます。次の行動を成果に置くなら、進行役は「この場のあと、参加者に何をしてほしいのか」を主催者と共有したうえで登壇に臨む必要があります。共有されていなければ、進行役にできるのは時間どおりに回すことだけになります。

測り方も、当日ではなく事前に決めておきます。アンケートの満足度だけを見ていると、行動が起きたかどうかは見えません。資料請求の件数、個別相談の申込数、社内での共有回数など、行動として観測できる指標をひとつ決めておくと、次の開催で何を変えればよいかが判断できるようになります。

内容理解 — 事業と用語が分からないと発言をつなげない

ビジネスの場で進行役が最も試されるのは、台本から外れた瞬間です。登壇者が想定外の論点に踏み込んだとき、質疑で専門的な質問が出たとき、二人の発言が実は同じことを別の言葉で言っているとき。

このとき進行役に求められるのは、発言を要約して次へ渡すことです。要約は、内容が分かっていなければできません。用語の意味が分からなければ、どこが論点でどこが前提なのかを切り分けられず、「なるほど、ありがとうございます」と受けて次の質問へ移るしかなくなります。それは進行としては成立していても、聞き手には何も残りません。

ここで必要なのは、その分野の専門家になることではありません。事前に事業の全体像と、その日に出てくる用語の意味を押さえておくことです。具体的には、直近の決算資料か会社案内を一読してその日のテーマに関わる数字を数点覚えておくこと、登壇者の過去の発言や記事に目を通してその人が繰り返し言っていることを掴んでおくこと、当日出てくる略語の一覧を主催者からもらっておくこと。この三点があるだけで、想定外の発言が来たときの受け止め方が変わります。何を押さえておくかはプロ司会者が本番前にしている準備で扱っています。

立ち位置 — 進行者が主役にならない

3つめの条件は、進行役が目立ちすぎないことです。これは謙遜の話ではなく、聞き手の注意の量が有限だという話です。

広告研究には、起用された著名人のほうに注意が集まり、肝心の対象が記憶に残らなくなる現象が知られています。Erfgen 氏らは、これがどういう条件で起きるのかを、ブランドの想起という指標から検討しました。伝える人が印象に残るほど、伝えたい対象の記憶が犠牲になりうる、という問題設定です。

同じことが進行にも起こります。進行役の話が巧みで印象的であるほど、参加者が持ち帰るのは「司会がうまかった」という感想になり、登壇者が何を言ったかは薄れます。進行役の印象が残った場は、成功ではない可能性があります。外部の進行役を入れること自体の効果は外部モデレーターを入れる効果とはで扱いました。

華やかさが逆効果になる場面

華やかさが常に不利なわけではありません。周年式典や表彰式のように、場の高揚そのものが目的である場では、華やかな進行は目的に合っています。

逆効果になるのは、次のような場面です。

  • 参加者が投資判断や購買判断のために来ている場(判断材料より演出が前に出る)
  • 現場の課題を扱うセッション(明るい進行が話しにくさを生む)
  • 業績の悪化や組織変更を説明する場(トーンが内容と食い違う)
  • 専門性の高い登壇者が話す場(進行役が理解していないことが露見しやすい)

いずれも共通しているのは、場のトーンと内容が食い違うと、聞き手は内容ではなく違和感のほうを覚えて帰るということです。進行の技術ではなく、選定の段階で起きている問題です。見分け方は単純で、その場で参加者が何かを判断しようとしているなら演出は控えめにし、判断ではなく祝うことが目的なら華やかさは目的に沿う、と考えれば足ります。

発声・滑舌とビジネス理解のどちらを優先するか

依頼側からよく出るのが、この問いです。話し方が整った人と、事業を理解している人のどちらを選ぶべきか。

信頼できる伝え手として受け取られる要因は、ひとつではありません。Ohanian 氏は、伝え手の信頼性を測る尺度を構成する際、専門性・信頼性・魅力という異なる次元に分かれることを示しました。話し方の印象は、このうちのひとつの側面にすぎません。

さらに Till 氏と Busler 氏は、「伝え手と対象が合っているか」という適合の効果を2つの実験で検討しました。魅力そのものには態度への効果が見られたものの、適合による効果が確認できたのは専門性を次元としたときでした。

つまり、発声や滑舌は前提条件であって、選定の決め手ではありません。聞き取りやすさが確保されていることは必要ですが、そこから先で差がつくのは、その場の内容に合っているかどうかです。ビジネスの場では、事業の理解が適合の中身になります。

依頼側が事前に渡すべき情報

内容理解を求めるなら、依頼側にも渡すべきものがあります。台本と登壇者名だけでは、進行役は成果に責任を持てません。

  • この場のあと、参加者にどう動いてほしいのか(成果の定義)
  • 参加者の属性と、事前の理解度(初見か、既存顧客か)
  • 事業の全体像と、その日に出てくる用語の一覧
  • 登壇者の関係性と、触れてほしくない領域
  • 質疑で出る可能性が高い質問と、答えられる範囲

これらは当日ではなく、遅くとも1週間前に渡します。渡す情報の量が、進行役が発言をつなげる範囲を決めます。社内の担当者が自分で司会を担う場合の準備は社内イベントの司会を任されたらにまとめています。

誰に頼むかの判断軸

以上をふまえると、判断軸は次のように整理できます。

場の目的優先される職能
式典・懇親会(場の高揚が目的)場を明るく保つ進行・式次第の運行
説明会・カンファレンス(理解と行動が目的)内容理解・発言をつなぐ編集力
議論を扱うセッション(論点の前進が目的)論点整理・問いの設計

実務では、複数の要素が混ざる場もあります。式典的な要素と説明的な要素が同居する場では、どちらを主にするかを依頼側が決めて伝える必要があります。伝えないまま任せると、進行役は無難な側、つまり場を明るく保つ側に寄ります。それが本来の目的と食い違うと、当日は滞りなく進んだのに成果が出ない、という結果になります。

見極める質問はひとつです。「この場が終わったあと、参加者に何が起きていてほしいか」。答えが「楽しかったと思ってほしい」ならイベント司会が適任です。答えが行動で語られるなら、ビジネスMCの職能が要ります。議論そのものを前に進める技術はパネルディスカッションを盛り上げる進行術で扱っています。

まとめ

ビジネスMCとイベント司会を分けるのは、話し方の巧拙ではなく、場の目的です。分岐点になるのは成果・内容理解・立ち位置の3つで、いずれも進行技術の上位にある条件です。

依頼する側にできる最も効果的なことは、良い進行役を探すことより先に、この場の成果を一文で定義することです。定義が決まれば、必要な職能も、事前に渡すべき情報も、自ずと決まります。

参考文献・出典

本記事で触れた研究・一次情報は以下のとおりです。

  • Petty, R. E., Cacioppo, J. T., & Schumann, D. (1983). Central and peripheral routes to advertising effectiveness: The moderating role of involvement. Journal of Consumer Research, 10(2), 135–146. https://doi.org/10.1086/208954
  • Ohanian, R. (1990). Construction and validation of a scale to measure celebrity endorsers’ perceived expertise, trustworthiness, and attractiveness. Journal of Advertising, 19(3), 39–52. https://doi.org/10.1080/00913367.1990.10673191
  • Till, B. D., & Busler, M. (2000). The match-up hypothesis: Physical attractiveness, expertise, and the role of fit on brand attitude, purchase intent and brand beliefs. Journal of Advertising, 29(3), 1–13. https://doi.org/10.1080/00913367.2000.10673613
  • Erfgen, C., Zenker, S., & Sattler, H. (2015). The vampire effect: When do celebrity endorsers harm brand recall? International Journal of Research in Marketing, 32(2), 155–163. https://doi.org/10.1016/j.ijresmar.2014.12.002