デフォルトモードネットワークは、何をしているのか

デフォルトモードネットワークは、脳がぼんやりしているときだけに働く仕組みとして紹介されることがありますが、実際にはもう少し広い意味を持っています。自分自身について考えること、過去を振り返ること、未来を思い描くこと、他者の立場を想像することなど、いわば「内側に向かう思考」を支えるネットワークとして語られることが多い領域です。

この呼び名の由来は、脳画像研究にあります。Raichle 氏らが2001年に発表した論文では、課題に取り組んでいないときにも活動が保たれ、外向きの課題を始めると活動が下がる領域群があることが整理されました。何もしていない状態を、脳の「既定の状態(default mode)」として捉え直した点が、この研究の転換でした。

その後、Buckner 氏らが2008年にまとめたレビューでは、この領域群が自己に関する思考、過去の想起、将来の想像、他者の心の推測といった働きと関連づけて論じられています。ただし、こうした対応づけには議論もあり、「この領域がこの機能を担う」と単純に言い切れるものではありません。

この働き自体は、決して悪いものではありません。自分を振り返ることも、経験を意味づけることも、先の展開を想像することも、人間らしい知性の一部です。問題になるのは、その働きが場面に合わない形で前に出てしまうときです。

たとえば、相手の反応を見ながら話を届けるべき場面で、自分がどう見られているかばかりを追いかけてしまうと、意識の向きがずれていきます。伝える内容よりも、自分の失敗可能性が主役になる。そのとき、人は「集中できない」のではなく、「集中の向きが内側へ寄りすぎている」と言った方が近いのかもしれません。

DMNとTPNの切り替え比較図:DMN(デフォルト)側に内省・洞察・記憶統合・休息時の活性化、TPN(課題遂行)側に目標指向・論理分析・外部反応・意図的学習
図1|DMN と タスクポジティブネットワーク — 集中の向きが切り替わる仕組み

なぜプレゼン前ほど、自分が気になってしまうのか

プレゼン前の緊張では、単に不安が高まるだけでなく、自己意識が強まりやすくなります。声が震えていないか、表情が固くないか、相手にどう見られているか。こうした自己参照的な思考は、デフォルトモードネットワークと重なるテーマとして多く論じられてきました。

社会不安や反すうの研究でも、内向きの思考が強くなりすぎる状態とデフォルトモードネットワークの関係が検討されてきました。プレゼン前の緊張をそのまま病理的な状態と同一視する必要はありませんが、私たちが本番で苦しくなるとき、「何を話すか」より「自分がどう見えるか」に意識が寄りすぎていることは少なくありません。

考えすぎるほど話せなくなるのは、意志の弱さではなく、内側へ向いた思考が強くなりすぎているからだと考えると、少し扱いやすくなります。

この見方が実務で役立つのは、対処の方向が変わるからです。「緊張しないようにする」を目標にすると、自分の状態を監視することになり、かえって内向きの思考が強まります。一方、「聞き手の反応を見る」を目標にすると、注意は自然に外へ向きます。同じ場面でも、目標の置き方で結果が変わります。

準備の仕方も変わります。原稿を完璧に覚えようとすると、本番では「正しく言えているか」を確認しながら話すことになります。確認は内向きの作業です。覚えるのは骨格だけにして、その場の言葉は聞き手を見ながら選ぶ。このほうが、注意は外に留まります。

集中とは、内側を消すことではなく切り替えること

集中というと、雑念を完全に消し去ることのように思われがちです。けれども実際には、内側の思考をゼロにするのではなく、必要な場面で外向きの注意へ切り替えられることの方が重要です。

デフォルトモードネットワークは、外向きの課題に集中すると活動が下がりやすく、いわゆる課題遂行系ネットワーク(task-positive network)や注意・実行系ネットワークとの関係で理解されることが多くあります。単純な対立ではありませんが、内省寄りのモードと、外界の課題へ向かうモードのあいだでバランスや切り替えが起きているという見方は、実務感覚にもつながりやすい整理です。

ただし、注意しておきたい点があります。この2つのネットワークを「オンとオフ」の関係として単純化するのは、正確ではありません。実際には、課題の種類によって両方が関わる場面もあり、研究上も整理が続いている領域です。ここでの整理は、実務で意識の向きを扱うための見取り図として受け取るのが適切です。

この観点から見ると、良いプレゼンとは「緊張しない状態」ではなく、緊張があっても相手へ向き直れる状態です。自分の鼓動に気づいても、そこに飲み込まれず、相手の理解や場の流れへ注意を戻せるかどうか。その切り替えが、集中の実体に近いように思います。

内向きの思考が役に立つ場面

ここまで、内向きの思考が本番で邪魔になる側面を見てきました。ただし、この働きを一方的に抑えるべきものと考えると、扱い方を誤ります。

準備の段階では、内向きの思考が必要です。聞き手が何を気にするかを想像する。過去の同じような場面を思い出す。話がどう受け取られるかを先に考える。これらはすべて、内側へ向かう思考の働きです。準備でこれを十分に行っておくほど、本番では外へ向けられます。

振り返りの段階でも同じです。終わった直後ではなく、少し時間を置いてから振り返るほうが、経験は整理されます。移動中や散歩中に、思考が自然と過去の場面へ戻ることがあります。この時間は無駄ではなく、経験を意味づけている時間です。

行き詰まったときにも役立ちます。答えの出ない問題を考え続けるより、一度離れたほうが解決することがあります。机を離れている間に思いつくのは、偶然ではなく、内側で処理が続いているためだと考えられます。

一方で、内向きの思考が長く続くことには、注意も必要です。Killingsworth 氏と Gilbert 氏が2010年に報告した調査では、日常生活の中で「今していること以外を考えている」状態の割合が高く、そうした状態では主観的な幸福度が低い傾向が見られました。ただし、これは相関を扱った研究であり、思考がさまようから不幸になるのか、その逆なのかを断定するものではありません。

内向きの思考は、準備と振り返りの時間には必要です。問題になるのは、それが本番の最中に出てくることです。時間の使い分けが要点になります。

切り替えのきっかけを、事前に決めておく

本番で「意識を外へ向けよう」と考えても、その考え自体が内向きの思考です。必要なのは、考えずに切り替えられる合図を、事前に決めておくことです。

いくつかの型があります。

  • 視線を置く場所を決める — 開始の一文は、この人に向けて話す。誰に話すかが決まっていると、自分の状態を確認する余裕がなくなります
  • 最初の一文を固定する — その場で言葉を選ばないため、外へ意識を向けたまま話し始められます
  • 物理的な動作を合図にする — 立ち上がる、資料を閉じる、一歩前へ出る。体の動きは、思考より確実に実行できます
  • 問いを持って入る — 「今日は、聞き手がどこで反応するかを見る」と決めておくと、注意の対象が外側に固定されます

途中で内側へ戻ってしまったときの復帰方法も、決めておきます。多くの人に有効なのが、聞き手の反応を数えることです。うなずいた人の数を数える、資料から顔を上げた人を探す。観察という具体的な作業を挟むと、注意は外へ戻ります。数え終わる必要はありません。数え始めた時点で、注意の向きは切り替わっています。

準備の段階で不安を書き出しておく方法もあります。気になっていることを事前に紙に出すと、本番中に浮かんできたときに「これは書いた項目だ」と処理でき、そこに留まりにくくなります。書く内容は、対処できることと、できないことに分けておくと扱いやすくなります。前者は準備で潰し、後者は当日考えないと決めます。

実務では、どう扱えばよいのか

意識を相手へ向け直す4ステップ:1.内側へ向かう(声・表情・評価が気になる)、2.考えすぎ・緊張(自己意識が強まり話せなくなる)、3.切り替えのトリガー(伝えたいことを一文で確認)、4.相手・場へ向き直る(注意が外に開き対話できる)
図2|DMNから「相手に届く状態」へ切り替える基本フロー

では、デフォルトモードネットワークを意識すると、実務では何が変わるのでしょうか。第一に、プレゼン前の緊張を「自分は本番に弱い」と性格の問題にしすぎなくなります。自己意識が高まり、内側へ思考が寄るのは、ある意味では自然な反応です。重要なのは、それを責めることではなく、外向きの注意へ戻す方法を持つことです。

たとえば、本番前に「うまく見せる」ではなく「相手に何を持ち帰ってほしいか」を一文で確認する。話し始める前に、自分の呼吸よりも最初に視線を置く相手や空間を決める。原稿の暗記ではなく、相手へ渡す論点の順番を体に入れておく。こうした準備はすべて、自己意識を弱めるというより、注意の向きを整える工夫です。

エースクエアの視点で言えば、伝達力とは、話し方の表面だけを磨くことではありません。自分の内側に閉じすぎず、相手と場へ意識を開いていける状態をつくることです。考えすぎる人ほど、知性があります。問題は考えることではなく、その知性が本番で自分の中だけを巡回してしまうことです。だから必要なのは、内省を消すことではなく、内省を相手に届く形へ変換することなのだと思います。

まとめ

デフォルトモードネットワークは、単なる脳科学用語ではありません。自分のことを考える、未来を想像する、他者を理解しようとする。そうした人間らしい思考の土台に関わるネットワークです。だからこそ、それ自体を悪いものと見る必要はありません。

プレゼンや対話の本番では、内向きの思考が強くなりすぎると、自己意識や考えすぎとして表に出てきます。集中とは、その働きをなくすことではなく、必要な場面で相手と課題へ向けて切り替えられることです。本番で苦しくなる人は、能力が足りないのではなく、意識の向きが少し内側へ寄りすぎているだけかもしれません。そう考えられるだけでも、緊張との付き合い方は少し変わります。

意識の向きを整えることは、一度体系的に扱うことで、実務の中に根づかせていける視点です。伝達力を構造から見直したい方には、エースクエアのトレーニングが力になれます。

参考文献・出典

本記事で触れた研究の一次情報は以下のとおりです。

  • Raichle, M. E., MacLeod, A. M., Snyder, A. Z., Powers, W. J., Gusnard, D. A., & Shulman, G. L. (2001). A default mode of brain function. Proceedings of the National Academy of Sciences, 98(2), 676–682. https://doi.org/10.1073/pnas.98.2.676
  • Buckner, R. L., Andrews-Hanna, J. R., & Schacter, D. L. (2008). The Brain’s Default Network. Annals of the New York Academy of Sciences, 1124(1), 1–38. https://doi.org/10.1196/annals.1440.011
  • Killingsworth, M. A., & Gilbert, D. T. (2010). A Wandering Mind Is an Unhappy Mind. Science, 330(6006), 932. https://doi.org/10.1126/science.1192439