手の動かし方を練習するほど、不自然になる
プレゼンの研修で「手を使うと伝わりやすくなります」と教わり、要所で手を広げたり、指で数を示したりする練習をした。本番でそのとおりに動かしてみたものの、録画を見返すと、動きがどこかぎこちない。しかも、動きを思い出すのに気を取られて、話の途中で言葉に詰まっている。
身振りの指導を受けた方から、こうした経験をよく聞きます。手を使うこと自体が悪いわけではありません。けれども手の動きを「見せ方の技術」としてだけ扱うと、話し手の頭の中で起きていることが抜け落ちます。
この記事では、聞き手にどう見えるかではなく、話し手が考えながら話すときに、手の動きが何をしているのかという側から整理します。そのうえで、手をどう扱えばよいかを「足さない・止めない・意味があれば使う」の3つにまとめます。
手の動きは、聞き手のためだけのものではない
人はなぜ、話しているときに手をじっとさせていられないのか。この問いに一つの答えを示したのが、Goldin-Meadow 氏らの研究です。
実験では、大人と子どもに、算数の問題をどう解いたかを説明してもらいました。その間、別に文字や単語のリストを覚えておくよう求めます。説明しながら身振りをした場合と、しなかった場合で、覚えていられた量を比べました。
結果は、大人も子どもも、身振りをしながら説明したときのほうが、リストを多く覚えていました。研究者たちは、身振りが説明するという作業の負荷を軽くし、そのぶん浮いた頭の余力を記憶のほうへ回せたのだと考えています。
身振りは、話し手がいま何を考えているかを映すもの、と広く考えられてきました。この研究はそこから一歩進んで、身振りが考える作業そのものを支えている可能性を示しています。手の動きは、聞き手に向けた表現であると同時に、話し手自身の道具でもあるということです。
手の動きの3原則
話し手の思考の側から見ると、手の扱い方は次の3つに整理できます。
- 足さない — 話の中身と関係のない動きを、後から付け加えない
- 止めない — 考えながら話すときに自然に出る動きを、無理に抑えない
- 意味があれば使う — 大きさ・比較・位置関係など、話に形があるところで手を使う
足さない — 後から付けた動きは、頭の仕事を一つ増やす
一つ目は、話の中身とは別に決めた動きを足さないことです。
Goldin-Meadow 氏らの実験が示したのは、説明するという作業がそれだけで頭の余力を使っている、ということでもあります。説明しながら別のリストを覚えておく条件で、身振りの有無によって覚えられる量が変わりました。話すことは、思っている以上に頭の資源を使う作業だと言えます。
ここから先は研究結果ではなく、推論として読んでください。「この言葉で両手を広げる」「ここで一歩前に出る」と、中身とは別に決めた動きを本番で実行しようとすると、話し手は説明に加えて、動きの順番を思い出して実行するという仕事を抱えることになります。身振りが説明の負荷を軽くしうるのとは逆に、後から足した動きは負荷を増やす方向に働くと考えられます。
緊張した場面では、頭の余力はさらに少なくなります。本番で頭が真っ白になる仕組みは、「頭が真っ白」になる瞬間のメカニズムで扱っています。余力が限られているときほど、覚えておくべき動きを増やさないほうが安全です。
止めない — 考えながら話すと手が動く理由
二つ目は、考えながら話すときに自然に出てくる手の動きを、無理に止めないことです。
「手が動くのは落ち着きがない証拠だから、体の横に下ろしておきましょう」という指導を受けることがあります。けれども Goldin-Meadow 氏らの結果に照らすと、考えながら説明しているときに手が動くのは、話し手が負荷をやりくりしている姿の一部かもしれません。身振りをしながら説明したほうが頭の余力が残ったという結果は、自然な動きをわざわざ抑える理由がないことを示唆しています。
ここで注意したいのは、「止めない」の根拠を「手を止めると言葉が出にくくなるから」に置かないことです。この点は研究の結論が割れており、後の節で詳しく見ます。「止めない」を支えているのは、身振りが説明の負荷を軽くしうることと、わざわざ止める積極的な理由が見当たらないことの二つです。
もちろん、ペンを回す、髪に触れるといった、話の中身と関係のない癖まで残しておく必要はありません。止めないのは、話そうとしている内容と一緒に出てくる動きです。
意味があれば使う — 大きさ・比較・位置関係
三つ目は、話に形があるところでは、手を使ってよいということです。
Rauscher 氏らの研究では、アニメーションの内容を聞き手に説明してもらったところ、身振りが許されている条件では、空間的な内容を話している箇所で、それ以外の箇所より多く身振りが出ていました。たとえば「上へ飛んでいった」「右から左へ横切った」のような、位置や動きを含む話がこれにあたります。人は、話の中に空間的な形があるとき、自然に手を使う傾向があると読めます。
ビジネスの話にも、形はあります。売上が増えた、二つの案を比べる、工程が順に進む、組織の上下関係。こうした大きさ・比較・位置関係を話すとき、手はそれを描く道具になります。
大切なのは、手を使う場所を「決める」のではなく、話の中身に形があるかどうかを先に見ることです。形のある話をしていれば、手は必要に応じて出てきます。言葉以外で伝わり方を支える手段は、英語が苦手でも伝わる非言語の力で表情・間・構造から整理しています。
手を止めると話しにくくなるのか — 研究は割れている
身振りについてよく語られるのが、「手を止めると言葉が出にくくなる」という説です。これを支持する研究として知られているのが、先ほどの Rauscher 氏らの実験です。
この実験では、同じ話し手に、身振りが許される条件と禁じられる条件の両方で話してもらいました。すると、空間的な内容の発話だけが、身振りを禁じたときに流暢でなくなり、文の切れ目ではない箇所で「えー」と詰まる言いよどみの割合が増えました。空間的でない内容の発話には、身振りの有無による違いがありませんでした。
ところが、この結論には強い反証が出ています。Kısa 氏らは、7,969のフレーズ(うち言いよどみ2,075)という大きなデータで、身振りを自由にできる話し手と禁じられた話し手を比べました。空間的な内容、比喩として空間を使う内容、空間と関係のない内容のいずれでも、言いよどみの割合・話す速さ・切れ目以外での言いよどみという3つの指標で差は見られませんでした。
Kısa 氏らはさらに、過去50年にわたってこの説の根拠とされてきた研究を再検討し、身振りを止めると話しにくくなるという確かな証拠はないと結論しています。
つまり、「手を止めると話せなくなる」とは言えません。この記事が「止めない」を勧める理由を流暢さに置かなかったのは、このためです。
苦手な人に「もっと手を」と言わないほうがよい理由
身振りをあまり使わない人に、「もっと手を使いましょう」と指導することがあります。ここまでの研究を踏まえると、この指導には慎重になったほうがよいと考えます。以下も推論です。
まず、手をあまり動かさずに話すことが、話す力の不足を示しているとは限りません。Kısa 氏らの結論に従えば、手を止めた状態で話しても言葉の出やすさが損なわれる、という確かな証拠はありません。
次に、身振りが得意でない人に動きを求めると、その人にとって手の動きは「後から足す動き」になりやすくなります。「足さない」の節で見たように、それは説明に加えて一つ仕事を増やすことになりかねません。話すことに精一杯の人ほど、手の指示が負担として響くおそれがあります。
手の動きに自信がない人に必要なのは、動きの型ではなく、話す中身の整理です。中身に形が見えてくれば、手は必要なところで出てきます。出てこなくても、それで話が伝わらなくなるわけではありません。
指導する側が見るべきもの
研修や発表練習で指導する立場にある人は、手の動きの量ではなく、次の点を見ると判断を誤りにくくなります。
- 動きが中身と一緒に出ているか — 形のある話をしているところで手が動いているなら、それは話し手の考えと連動した動きです
- 決めた動きを思い出していないか — 動く直前に一瞬止まる、目線が泳ぐといった様子は、動きを思い出している合図かもしれません
- 手を抑え込もうとしていないか — 手を固く組む、体に押し付けるといった様子があれば、「動かしてはいけない」と思い込んでいる可能性があります
- 中身の説明が詰まっていないか — 手より先に、どこで言葉に詰まっているかを見ます
指導の言葉も変えられます。「ここで手を使って」ではなく、「この部分は、何と何を比べている話ですか」と中身を問う。話し手が形をつかめば、手の動きは指導しなくても変わることがあります。
本番前にできる準備
手の扱いについて、本番前にできることは多くありません。けれども、次の準備は3原則に沿って役に立ちます。
- 中身の形を書き出す — 要点ごとに「増減」「比較」「順序」「位置」のどれにあたるかを一言でメモします。形のある箇所が分かれば、手を使う場所を決めておく必要はなくなります
- 声に出して説明する練習をする — 原稿を読むのではなく、相手に説明するつもりで話します。考えながら話す状態に近づくので、自然な動きが出るかどうかを確かめられます
- 手の置き場所だけ決めておく — 動きを決めるのではなく、話し始めの手を体の前で軽く添えておく程度にします。固定するためではなく、動きたいときに動ける位置に置いておくためです
説明の準備そのものについては、「説明がうまい人」が必ずしている準備にまとめています。手の扱いは、この準備の延長にあります。
まとめ
手の動きは、聞き手に見せる技術である前に、話し手の考える作業に関わるものです。身振りをしながら説明すると頭の余力が残るという研究がある一方、手を止めると話しにくくなるという説は、大規模な再検証で確かな証拠がないとされました。
中心になるのは、足さない、止めない、意味があれば使うの三つです。手の型を覚えるより、話す中身の形を整えることを優先してください。
参考文献・出典
本記事で触れた研究の一次情報は以下のとおりです。
- Goldin-Meadow, S., Nusbaum, H., Kelly, S. D., & Wagner, S. (2001). Explaining math: Gesturing lightens the load. Psychological Science, 12(6), 516–522. https://doi.org/10.1111/1467-9280.00395
- Rauscher, F. H., Krauss, R. M., & Chen, Y. (1996). Gesture, speech, and lexical access: The role of lexical movements in speech production. Psychological Science, 7(4), 226–231. https://doi.org/10.1111/j.1467-9280.1996.tb00364.x
- Kısa, Y. D., Goldin-Meadow, S., & Casasanto, D. (2022). Do gestures really facilitate speech production? Journal of Experimental Psychology: General, 151(6), 1252–1271. https://doi.org/10.1037/xge0001135