原稿を読むべきか、読まないべきか。登壇の準備で多くの人が最初に悩むのは、この問いです。

英語圏の大学で public speaking(人前で話す技術)の授業に使われる教科書を開くと、この問いは少し違う形で扱われています。話し方を「読む/読まない」の二つではなく、4つに分けて教えているのです。

本記事では、米国の大学向けに公開されている3つの教科書の記述をもとに、その4つの話し方と選び方を整理します。なお、ここで紹介するのは教育の現場で教えられている指針であり、4つの話し方の効果を実験で比べた研究の結論ではありません。

「原稿を読むべきか」という問いの立て方

「原稿を読むか、読まないか」と考えると、選択肢は「全部読む」か「何も持たずに話す」かの両極になります。前者は聞き手を見られず、後者は不安が大きい。どちらを選んでも不満が残ります。

教科書が示すのは、その間にある選択肢です。ある教科書は、話すことは読むことより形式ばらず、雑談よりは形式ばったものだと説明します。話し方の選択とは、読むことと雑談のあいだのどこに立つかを決めることだ、という整理です。

この見方に立つと、問いは「原稿を読むべきか」から「この場面では、どこまで言葉を事前に固めるべきか」に変わります。

スピーチの教科書が分ける4つの話し方

3つの教科書は、表現に違いはあっても同じ4つを挙げています。

  • 即興(impromptu) — 準備がほとんどないまま話す。急に「一言どうぞ」と振られる場面
  • 準備即興(extemporaneous) — 構成を練り、練習したうえで、短いメモを見ながら会話に近い調子で話す
  • 原稿(manuscript) — 書いた文章を一語ずつそのまま読む
  • 暗記(memorized) — 書いた文章を覚え、何も見ずに話す

日本語では「即興」と「準備即興」が同じ言葉に聞こえますが、英語ではまったく別のものです。準備即興は準備を尽くしたうえで、言い回しだけをその場で決める話し方を指します。

4つを選び分ける3つの判断軸

話し方を選ぶ3つの判断軸 — 一語の正確さが要るか、聞き手の反応に合わせて変えたいか、準備と練習にどれだけ時間をかけられるかを示す図
図|4つの話し方を選び分ける3つの判断軸

教科書の記述を並べると、4つの話し方の長所と弱点は、次の3つの軸で整理できます。

  1. 一語の正確さ — 言い回しが一語でも変わると困る内容か
  2. 聞き手への適応 — 聞き手の反応を見て、説明を足したり順序を変えたりしたいか
  3. 準備の時間 — 構成を練り、練習する時間がどれだけあるか

一語の正確さを最優先するなら原稿、聞き手への適応を優先するなら準備即興、準備の時間がなければ即興になります。暗記は正確さと視線を両立できる代わりに、適応の余地がなく、準備の負担が最も重い選択です。

準備即興 — 授業で標準とされる形

3つの教科書がそろって中心に置くのが準備即興です。ある教科書は、人前で話す場面の大半で使われるのがこの形だとして、章の内容をこの話し方に合わせて書いています。別の教科書も、授業でのスピーチの多くはこの形で行うことになるだろう、と述べています。

準備即興では、話の構成と要点だけを頭に入れ、キーワードを書いたメモを手元に置いて話します。文を丸ごと覚えないので、聞き手を見ながら話せます。ある教科書は、聞き手がある用語でつまずいた様子を見たら、短い説明や具体例を足してから本題に戻ればよい、と例を挙げています。

弱点は準備の重さです。教科書は、十分な準備は前日だけではできないと書いています。準備即興は「準備をしない話し方」ではなく、準備の量が最も多い話し方の一つです。

教科書が示す準備の流れは、次のとおりです。まず、文章で書いた詳しいアウトラインをつくり、書きながら一部を声に出して、話しやすい言い回しになっているかを確かめる。次に、よく覚えた部分をキーワードや短い語句に置き換え、話すためのメモに縮める。そのメモで、間隔をあけて何度か練習する。

メモの書き方にも具体的な助言があります。メモは文章ではなく語句で書き、話すときに自分で文にする。引用だけはそのまま書き写してよい。カードには番号を振り、順番が入れ替わっても戻れるようにする。「ゆっくり」「次のスライドへ」といった自分への指示を書き込んでもよい。メモは聞き手に見せるものではなく、話し手のためだけの道具だからです。

原稿 — 一語の重さが問われる場面のために

原稿が最もよい選択になる場面は、教科書にはっきり書かれています。組織の法的な責任についての声明、会社としての公式な発表、統計や引用を含む複雑な内容、あとで引用・公表される話です。いずれも、一語の違いがそのまま問題になる場面です。

一方で、教科書は原稿の代償も率直に書いています。目が紙に向いたままになり、聞き手と視線が合わない。聞き手の反応に合わせて内容を変えられない。緊張すると、顔を上げるつもりでいても紙を読み上げるだけになりやすい。

テレビ演説やニュースでは、プロンプターを使って原稿を読みながら聞き手に顔を向ける方法がとられます。ただし教科書は、こうした機器も故障することがあり、紙の控えを手元に置いておくべきだったと悔やむ例は少なくない、とも書いています。

スライドの文字を読み上げると伝わりにくくなる理由は、スライドの文字を読み上げると、なぜ伝わらなくなるのかで扱いました。本記事が扱うのは、スライドではなく手元の原稿の扱い方です。

暗記 — 教科書がそろって慎重な理由

暗記には、何も持たずに聞き手を見て話せるという長所があります。それでも教科書は、そろって暗記を勧めることに慎重です。

挙げられている理由は三つあります。一つは、声の抑揚や間まで覚え込まない限り、単調な暗唱に聞こえやすいこと。二つ目は、頭から順に覚えていくと、何度も繰り返した前半だけが早口になりやすいこと。三つ目は、途中で言葉が出なくなったとき、戻る場所を見つけにくいことです。さらに、すべてを事前に決めているため、冗談まで用意したものに聞こえ、自然さを出しにくいという弱点も挙げられています。本番で頭が真っ白になる仕組みは、「頭が真っ白」になる瞬間のメカニズムで詳しく扱っています。

ある教科書は、暗記を勧めるのは1〜2分の短い話、乾杯の挨拶のような個人的な話、ツアーガイドの説明のように何度も繰り返す話に限る、としています。暗記を選ぶ場合も、途中から再開できる「入り口」を複数決めておくこと、原稿ではなくアウトラインを覚えることが勧められています。

即興 — 短く、一点に絞る

即興は、会議で急に意見を求められるような場面です。教科書は、即興を最も不安が高まりやすい話し方だとしたうえで、うまくいくのは短く、一つの論点に絞ったときだと述べています。

手順として挙げられているのは、話す前に一呼吸おいて言いたい要点を一つ決めること、冒頭・本体・結びの3つに分けて考えること、知らないことを知っているふりをしないことです。知らない話題を振られたら、手元に情報がないことを伝え、あとで補足すると答えればよいとされています。

また、即興で話すことになりそうな場面は、ある程度予想できます。教科書は、自分の担当分野について会議で意見を求められる場面を例に挙げ、呼ばれそうな場面をあらかじめ想定しておくよう勧めています。話題をよく知っている人ほど、準備の時間がなくても話をまとめやすいからです。即興で話す練習を続ける仕組みは、トーストマスターズに学ぶ、練習が続く仕組みで扱いました。

日本の登壇で原稿が手放せない理由

ある教科書は、原稿が必要な場面にいるわけではない初心者ほど、言うことがすべて手元にある安心感から原稿を選びがちだ、と指摘しています。そして、その安心感がそのまま、聞き手に届かない話し方につながると書いています。

日本の式典や会議では、挨拶や報告を原稿で読み上げる場面が少なくありません。言い間違いを避けたいという気持ちも、その場の慣習もあるでしょう。日本と英語圏の違いを比べた研究があるわけではありませんが、安心のために選んだ原稿が、正確さを必要としない場面にまで広がっていないかは、見直す価値があります。

原稿を持ったまま、原稿に縛られない方法

原稿を手放せない場合でも、教科書は扱い方を変える工夫を示しています。

  • 原稿を「書き言葉」で書かない — 原稿やプロンプターを使っても自然に聞こえるのは、話し慣れた人が、話し言葉の調子で書かれた原稿を読む場合だとされています
  • 読みやすい形に整える — 大きめの文字で印刷し、行間を広く取り、めくりやすい厚めの紙を使う
  • 顔を上げる練習をする — 原稿を持ったまま、何度も顔を上げる練習をしてから本番に臨む
  • 原稿からメモへ段階的に移す — 準備即興の節で見た手順を、手元の原稿から始める。数字・引用・出典の部分は正確に残してよい

最後の方法は、原稿の話し方から準備即興へ移る道筋そのものです。ある教科書は練習として、短い記事を一度声に出して読み、次にカード1枚だけを見て自分の言葉で伝え直し、二つの違いを聞き手に指摘してもらう方法を挙げています。

原稿を書く工程そのものの意味は、世界のスピーチ教育は何を「練習」させるのかで扱いました。

場面別の選び方

教科書の記述をもとに、場面ごとの選び方を整理すると次のようになります。

場面向く話し方理由
法的・公式な声明、引用される発表原稿一語の正確さが最優先
社内外の説明、講演、プレゼンテーション準備即興聞き手の反応に合わせて補える
短い乾杯の挨拶、何度も繰り返す説明暗記(入り口を複数用意)短く、内容が固定されている
会議で急に意見を求められたとき即興準備の時間がない。要点を一つに絞る

一つの登壇の中で組み合わせることもできます。たとえば、数字や引用、出典の部分だけは書いたとおりに正確に読み、それ以外はメモを見て話す。正確さが要る部分だけを固めるという考え方です。

まとめ

英語圏のスピーチ教育は、話し方を即興・準備即興・原稿・暗記の4つに分け、場面に応じて選ぶことを教えています。選ぶときの軸は、一語の正確さ、聞き手への適応、準備の時間の3つです。

授業で標準とされるのは準備即興ですが、それは準備を省く話し方ではなく、構成を頭に入れたうえで言い回しをその場で選ぶ話し方です。原稿を手放せない場合も、正確さが要る部分だけを残してメモへ移していけば、聞き手に顔を向けて話す時間は少しずつ増やせます。

参考文献・出典