この動画は、Paidy(ペイディ)副社長・橋本知周さんが、会社の進路を決めた数日間と、その後に向き合い続けている経営者の孤独について語る回です。 軸になるのは、上場か買収かを期限付きで選ぶという決断と、決めた人だけが背負うものの正体です。 見ると、意思決定の重さと、それでも前に進むための考え方が、具体的に伝わってきます。
IPO直前に届いた買収提案——「出戻り」への複雑な思い
橋本さんのキャリアには、なかなか例のない一場面があります。PayPalからペイディへ移った後、そのPayPalがペイディを買収し、再び同じ会社になったのです。 きっかけは、ペイディがまだ立ち上がって間もない頃にさかのぼります。PayPal時代の仲間が日本のベンチャーへの出資を手がけており、橋本さんが相談に行ったことで、PayPal側が株主の一社として名を連ねていたといいます。
当時は株主も多く、そのうちの一社という認識でしかありませんでした。数年後にこうなるとは思ってもいなかったと橋本さんは振り返ります。 ペイディはIPO(新規株式公開。会社の株式を証券取引所で売買できるようにすること)を目指して準備を進め、主幹事証券会社も決まり、いよいよという段階に入っていました。そのタイミングで、PayPalから買収の提案が届きます。
提案には期限がありました。いつまでに返事をほしい——そう区切られた中で、土日を挟みながら全株主に対して相談を重ね、最終的に結論が出たのは、ぎりぎりの深夜だったといいます。 IPOを実現したいという思いと、グループに入ることでシナジーが生まれてペイディのためになるという見方。橋本さんはその両方の軸で考え続けました。
ただ、本人の中では出戻り感がかなり強かったと率直に語ります。あえてPayPalを出てスタートアップで新しい挑戦を始めたのに、また戻るのか——正直に言えばIPOをしたい側だったといいます。 それでも一方で、このスタートアップがPayPalに認められるほどの企業になったという事実は、非常にプラスで嬉しいことでもありました。創業者や当時の社長と「橋本さんは嫌だよね」と話す場面もありながら、会社としてビジネスを成長させるためのディールとして、傘下に入る判断が下されます。
買収後の関係については、良かったと思えることがあると橋本さんは続けます。10年ほど前にPayPalで一緒に働いていた同僚が、いまはアジアを統括する立場になっていたのです。 互いのスタイルも能力も知っているため、直接いろいろと上申できる。ビジネスを成長させるうえでブロッカーになることはまったくなく、むしろプラスに働く関係が築けていると語ります。
経営者の孤独は、数字で割り切れない場面に現れる
トップに立つ人は孤独ではないか——野中さんの問いに、橋本さんは「孤独なんですよね」と率直に認めます。 ただ、その孤独はいつでも感じるものではなく、物事の最終決定者になる場面にこそ現れるといいます。
メンバーがそれぞれの意図を持って、AとBどちらにしますかと持ってくる。ビジネスを成長させるならBが正しい。けれど、この人たちの思いを汲むならAだ——そう考え始めた瞬間に、その相談は誰にもできなくなります。 これをやれば儲かるから決める、という単純な話なら孤独は感じないし、人の意見も聞ける。でも、あいつらは頑張っているからこうさせたい、という思いを汲む作業は、意外なほど第三者に相談できないと橋本さんは語ります。
だからこそ、孤独を感じないような事業運営をしたい——そう考えて実践しているのが、日頃から必要以上に社員と話すことです。 経営者になると、現場にある百の情報が自分のところに届く頃には一や二になっている。それでも決めなければならない。情報が入ってこないことが一番怖いため、自ら情報源に入っていくことに挑戦していると言います。
自分の席にいることはほとんどなく、いつも社内を歩き回っている。現場の社員には煙たいかもしれないし、仕事をしていないと思われるかもしれない——そう笑いながらも、日々のコミュニケーションと、物事を隠さずに話せる組織・雰囲気づくりをいま最も大切にしていると語ります。 情報が上がってくるときに、上がってくること自体が分かっている環境をつくる努力を続けている、というのが橋本さんの説明です。
情報・責任・愛情、そして「やらないことを決める」
情報を自分の目で確かめることを大切にしてきた——野中さんがそう指摘すると、橋本さんは、情報を持って自分で腹落ちして決めたときに生まれるのは責任だと答えます。 そしてもう一つ生まれるものがある。まるで自分の子どものようにペイディが好きで、ちゃんと成功させたい、成長させたいという思いです。
それは、プロダクトを大きくしたいという話にとどまりません。この事業をどう大きくして、携わっている社員たちがどうハッピーになっていくかを、きれいごとに聞こえるかもしれないが本気で考えている、と橋本さんは語ります。 情報と責任と、そこに愛情。少し気恥ずかしい言い方かもしれないと前置きしつつ、それを全部持ってビジネスを進めることが自分のポリシーだと結びます。
キャリアに迷う人へのアドバイスを求められると、橋本さんはまず、悩みを解決できるのは第三者ではないと断ったうえで、自分も悩み尽くすまで悩むと明かします。 そして、どちらへ向かうか分からないままでも、一歩前に出てみる。ABCDのどれがいいか分からないなら、一旦Aに行ってみる。完璧にコミットするのではなく、本当は十歩必要でもまず一歩だけ行ってみる。一歩進むと見える角度が変わり、失敗だったのか成功だったのかも分かる。悩みに悩んで打ち手がなくなったときこそ、一歩出ることを心がけていると言います。
今後のチャレンジについては、ペイディで自分がどんな価値を提供できるのか、このサービスが日本中の、そしてゆくゆくは世界の人たちにどう届いていくのかを日々考えていると語ります。足りないところを自分で認識し、打ち手を考える。その繰り返しです。 プライベートでは、49歳のいま、まず健康であること。そして仕事以外の新しい挑戦が必要だと感じているといいます。趣味がなく、仕事が趣味のような状態でオンオフの区別がないと自覚しているため、オフをつくることそのものが新たな挑戦です。先週は有給を取って滝行に出かけたものの、台風の後で水量が多すぎて中止になった——近いうちに再挑戦するつもりだと笑います。
最後に一言を求められた橋本さんが挙げたのは、やらないことを決めることの大切さでした。 全部やれば成功するのではないか、という発想はある。けれど、これをやるがゆえに時間がかかってしまうこともある。自分の立場では、やることよりもやらないことを決める機会のほうが多い、と語ります。 やらないと決めることは、捨てること。その捨てる判断をちゃんとしたいし、捨てる余裕も持っていたい。全部ができなくてもそれは不正解ではなく、何をやらないかを決めることがビジネスでは非常に大事だ——マイナーリーグから起業、楽天・DeNA・PayPalを経てペイディへ至った道のりの先に置かれた、静かな結論です。
※本記事は、2026年7月14日公開時点の動画内容をもとに構成しています。
※社名・肩書き・当時の事業環境は、収録時点の本人の語りに基づく表現です。
※本記事は、特定の投資・起業・働き方を推奨するものではありません。