話す力の差は、才能の差ではない
国際会議や海外拠点との打ち合わせで、相手が淀みなく意見を述べる場面に出会います。日本側は内容で劣っているわけではないのに、発言の立ち上がりが遅く、譲ってしまう。この差を性格や国民性で説明したくなりますが、それでは対処のしようがありません。
見落とされやすいのは、人前で話した回数が、子どもの頃から桁違いに違うという事実です。学校で毎年のように人前に立ってきた人と、行事のときだけ立った人では、大人になる時点で経験量に大きな開きが生まれます。話す力は生まれつきの資質ではなく、積み上げた回数と、その回数に付いてきた修正の履歴でできています。
この記事が扱うのは、その積み上げの中身です。世界の教育潮流全般は世界の教育は「正解」より何を重視しているのかで、大学の教養教育は世界のトップ大学は「リベラルアーツ」をなぜ教えるのかで扱いました。本稿はそれより手前、初等・中等教育での「発表」という一つの活動に絞ります。
海外の学校で発表が日常である理由
発表が日常になっているのは、教師の熱意によるものではありません。教育課程に書かれているからです。
英国のナショナルカリキュラム(英語)は、初等段階にあたる第1〜6学年で児童に指導すべき内容として、「議論・発表・実演・ロールプレイ/即興・討論に参加すること」を挙げています。あわせて「答え・議論・意見を明確に述べ、その理由を示すこと」「異なる視点を検討し評価すること」も並びます。年に一度の行事ではなく、通年の指導事項として書かれている点が要点です。
中等段階の第7〜9学年では要求が上がります。「短いスピーチや発表を行い、自分の考えを述べ、要点から逸れないこと」「公式な討論や構造化された議論に参加し、これまで述べられたことを要約したり、その上に積み上げたりすること」。「話す」から「構造を持って話す」へ、記述そのものが段階的に設計されています。
教育課程に位置づけられていることの効果は、時間の確保です。書かれていれば授業時数が割かれ、評価の対象になり、担当者が代わっても続きます。個々の教師の判断で消えない仕組みになっている、ということです。
積み上げの3段階
課程の記述を、子どもが実際にたどる順に整理すると、次の3段階になります。
- 伝える — 自分の好きなもの・経験したことを人前で話す
- 説明する — 調べたことを、聞き手に分かる構造で見せる
- 主張する — 立場を取り、根拠を添えて述べる
3段階は難易度の階段であると同時に、要求される思考の種類が変わる階段でもあります。順に見ていきます。
伝える — 好きなものを人前で話す
最初の段階では、内容の高度さを問いません。自分の持ち物、飼っている生き物、休みにあったこと。すでに知っていることを話すので、準備の負担がほとんどありません。
この段階の目的は、人前に立つことを特別な出来事にしないことです。緊張は場数によって減りますが、内容が難しいと緊張と難しさが同時に来て、うまくいかなかった記憶だけが残ります。題材を易しくするのは、失敗の確率を下げるための設計です。
もう一つの狙いは、聞き手の存在に気づかせることです。同じ話をしても、反応が返る話し方と返らない話し方がある。英国の課程が第1〜6学年の指導事項に「聞き手の関心を得て、維持し、その状態を確かめること」を挙げているのは、この気づきを早い段階に置いているためです。
大人の研修でこの段階を飛ばすと、内容と話し方を同時に問われることになり、負荷が高すぎて続きません。
説明する — 調べたことを構造で見せる
次の段階で、話す対象が自分の外側に移ります。調べた国、実験の結果、読んだ本。知らない人に分かるように並べ替える作業がここで初めて必要になります。
この段階が思考の訓練になるのは、順序を決める前に情報の関係を判断しなければならないからです。何が主で何が従か、どこまでが前提でどこからが結論か。話す準備をしているつもりで、実際には内容の理解を点検しています。
教室での話し合いの質を高める指導が、話す力だけでなく思考そのものに効くことは研究でも示されています。Mercer, Wegerif, & Dawes 氏は、英国の9〜10歳の児童60名と教師を対象に、共同で話し合うときの「約束事」を明示的に教える指導プログラムを実施し、対照群と比較しました。その結果、児童の話し方が意図した方向へ明確に変わっただけでなく、言語を使わない推論力のテストの個人成績も向上したことを報告しています。
説明の段階では、聞き手からの質問が入ります。答えられなかった問いが、次に調べる範囲を決めます。発表が一方通行の披露ではなく、学習の一工程として組み込まれているのはこのためです。
主張する — 立場を取り、根拠を示す
3段階目で、事実の報告から意見の提示へ移ります。賛成か反対かを決め、なぜそう考えるかを述べ、反対の立場にも触れる。英国の課程で第7〜9学年に「公式な討論や構造化された議論への参加」が現れるのは、この段階にあたります。
日本の感覚では、子どもに立場を取らせることに抵抗があるかもしれません。しかし目的は勝ち負けではなく、意見と根拠を分けて扱えるようにすることです。「そう思う」と「こういう理由でそう思う」は、言語として別の作業を要求します。
この段階を経ると、意見を述べることが人格の表明ではなくなります。根拠が示されているので、反論は根拠に向かい、人には向かいません。逆に、この訓練がないまま大人になると、反論されたときに人格を否定されたように感じます。会議で意見が出にくくなる原因の一つはここにあります。
主張の組み立て方そのものは世界標準の「主張の型」— 主張・根拠・反証で詳しく扱っています。学校教育では、その型を十数年かけて反復している、と考えると分かりやすくなります。
評価が「上手さ」ではない点
発表教育を移植しようとして失敗するのは、たいてい評価の設計です。日本の発表会では、声の大きさ、姿勢、暗記できているか、時間内に収まったかが見られがちです。これらは本人の努力で改善できる項目ですが、思考の質とは関係がありません。
英国の課程が指導事項として挙げているのは、「答え・議論・意見を明確に述べ、その理由を示す」「目的に応じて構成のある説明・叙述を行う」「異なる視点を検討し評価し、他者の発言に注意を払い、その上に積み上げる」といった内容です。見られているのは、話しぶりではなく、考えの組み立てと他者の意見の扱い方だと分かります。
評価の対象が構成と根拠であれば、話し慣れていない子どもでも評価されます。声が小さくても、順序が整理されていれば認められる。この設計が、上手い子だけが前に出る状況を防ぎます。フィードバックが機能する前提は世界標準の「フィードバック文化」で扱っています。
日本の発表教育との違い
誤解されやすいのですが、日本の教育課程に発表がないわけではありません。小学校学習指導要領(平成29年告示)の国語には「A 話すこと・聞くこと」の領域があり、第1・2学年でも「相手に伝わるように、行動したことや経験したことに基づいて、話す事柄の順序を考えること」「紹介や説明、報告など伝えたいことを話したり、それらを聞いて声に出して確かめたり感想を述べたりする活動」が示されています。記述の水準は、諸外国の課程と大きく変わりません。
違いが出るのは運用のほうです。実務で観察される差は、次の3点に集約されます。
- 回数 — 領域として存在していても、実際に一人が人前で話す回数は学級規模と時間配分に左右される
- 評価の焦点 — 提出物や作品の完成度に重心が置かれ、話の構成そのものが評価されにくい
- 立場を取る場面 — 調べて報告する活動に比べ、賛否を決めて根拠を述べる活動が少ない
つまり課題は「教えていない」ことではなく、3段階目まで積み上がる前に機会が尽きることです。大人になってからの補い方も、この理解から決まります。
大人になってからでも取り戻せるか
結論から言えば、取り戻せます。ただし、足りないのが機会と修正であることを前提に設計する必要があります。
発表能力をどう育てるかは、高等教育の研究対象として体系的に扱われてきました。van Ginkel 氏は、発表能力を育てる学習環境の設計原理を研究の統合から導き、教師・同僚・自分自身というフィードバックの出し手の違いが発表能力の向上に与える影響を、実際の発表演習の文脈で検証しています。大人になってから始める場合も、必要なのは講義ではなく、話す機会と、そこに返るフィードバックです。
教室での話し方の指導が学力に及ぼす効果は、大規模な検証も行われています。Alexander 氏は、対話的な授業の介入プログラムを英国の複数都市で無作為化比較試験にかけ、介入群と対照群あわせて約5,000人の第5学年(日本の小学5年生に相当)の児童と208人の教師が参加しました。独立評価によれば、20週間後、介入群の児童は英語・数学・理科のテストで対照群より2か月分先行していました。話し方への介入は、話し方だけでなく学習全体に効くという結果です。
大人の脳が話し方の変化を受け入れる仕組みは大人が新しい話し方を身につける可塑性で扱っています。
企業研修への示唆
学校教育の3段階は、そのまま社会人教育の設計に移せます。飛ばさずに順に置くことが要点です。
| 段階 | 社内での置き方 | 評価する点 |
|---|---|---|
| 伝える | 朝会で1分、担当業務の近況を話す | 話し切れたか(内容は問わない) |
| 説明する | 週次で5分、調べたこと・検討結果を共有 | 順序と前提の整理 |
| 主張する | 月次で10分、提案を賛否つきで述べる | 根拠と、想定される反論への言及 |
多くの企業研修は、いきなり3段階目から始めます。提案書を作り、経営層の前で説明させ、鋭い質問を返す。1・2段階の回数がないまま3段階目に置かれると、準備が追いつかず、失敗した記憶だけが残ります。
新人段階からの積み上げは新人研修の「伝える力」標準カリキュラムで、社内で練習が回り続ける仕組みはトーストマスターズに学ぶ、練習が続く仕組みで扱っています。
まとめ
海外の学校で発表が日常なのは、教育課程に書かれているからです。書かれていれば時間が割かれ、評価され、教師が代わっても続きます。
積み上げは、伝える・説明する・主張するの3段階です。評価されるのは話しぶりではなく、考えの組み立てと他者の意見の扱い方です。
日本の課程にも同じ領域はあります。差が出るのは回数と評価の焦点で、多くの場合3段階目まで積み上がる前に機会が尽きます。社会人教育で補うときも、順序は同じです。まず話し切る場を作り、次に構造を求め、最後に立場を求める。
参考文献・出典
本記事で触れた研究・一次情報は以下のとおりです。
- Department for Education (2013). National curriculum in England: English programmes of study. GOV.UK. https://www.gov.uk/government/publications/national-curriculum-in-england-english-programmes-of-study/national-curriculum-in-england-english-programmes-of-study
- 文部科学省(2017)『小学校学習指導要領(平成29年告示)第2章第1節 国語』国立教育政策研究所 教育課程データベース. https://erid.nier.go.jp/files/COFS/h29e/chap2-1.htm
- Mercer, N., Wegerif, R., & Dawes, L. (1999). Children’s Talk and the Development of Reasoning in the Classroom. British Educational Research Journal, 25(1), 95-111. https://doi.org/10.1080/0141192990250107
- Alexander, R. (2018). Developing dialogic teaching: genesis, process, trial. Research Papers in Education, 33(5), 561-598. https://doi.org/10.1080/02671522.2018.1481140
- van Ginkel, S. (2019). Fostering oral presentation competence in higher education (Doctoral thesis). Wageningen University. https://doi.org/10.18174/476541