来月の業界カンファレンスで30分話してほしい、と依頼が来ます。最初にやることは何でしょうか。多くの人はスライドを開き、話したいことを並べ始めます。

しかしその作業は、順序として二番目です。同じ内容でも、聞き手が違えば、どこから説明を始めるか・何を省くか・どの例を使うかがすべて変わります。先に決めるのは、内容ではなく聞き手です。

話し手が誰であるかが伝わり方を変えることは、同じ話でも、誰が話すかで伝わり方が変わるで扱いました。本記事はその対になる話で、扱うのは「誰に話すか」です。

話す内容より先に決めることがある

準備の時間配分を振り返ってみてください。スライドの作成に何時間か、話す練習に何十分か。では、聞き手について考えた時間はどれくらいでしょうか。

多くの場合、ここはゼロ分です。聞き手の情報は依頼メールに書いてある一行、たとえば「経営層20名程度」で済んでいます。

聞き手を考える時間がゼロでも話は成立します。だから省かれます。ただしそのとき、話の出発点は聞き手の位置ではなく話し手自身が説明しやすい位置に置かれます。この差が、伝わるかどうかを決めます。

海外の入門科目は、話し方から始まらない

米国の大学には、基礎コミュニケーション科目(basic communication course)と呼ばれる入門科目が置かれています。Morreale 氏らは、1968年から続くこの科目の調査を9回目として実施し、2年制21校・4年制167校の計188件の回答をもとに、科目の概要、運営、評価と課題、内容と教え方、メディアと技術という区分で報告しています。学科の「front porch(玄関先)」と位置づけられるほど、長く置かれてきた科目です。

では何を教えているのか。イリノイ大学シカゴ校の科目説明は、その科目が扱う内容を次の順で挙げています。聞き手の分析(audience analysis)、話し手の信頼性、根拠の使い方、議論の組み立て、話し方(delivery)、会議の設計。

聞き手の分析が列挙の先頭に置かれ、話し方は5番目です。列挙の順序が授業の進行順とは限りませんが、少なくとも話し方は、並ぶ要素の一つとして扱われています。日本で「スピーチ研修」と聞いて思い浮かぶ声・姿勢・間の取り方は、この枠組みではもっと後ろに来ます。

練習そのものの中身は世界のスピーチ教育は何を「練習」させるのかで扱いました。本記事はその前段、練習に入る前の工程です。

聞き手を見る3つの軸

聞き手分析という言葉は広すぎて、そのままでは手が動きません。実務では、次の3つに絞ると決まります。

  1. 前提知識 — 聞き手が説明なしで受け取れる範囲
  2. 利害 — この話で聞き手が得るもの、失うもの
  3. 場の制約 — 時間・人数・前後の予定
聞き手を見る3つの軸 — 前提知識・利害・場の制約を順に示す図
図|聞き手を見る3つの軸

前提知識 — どこから説明を始めるかが決まる

前提知識を見誤るのは、注意不足のせいではありません。人の見積もり方そのものに偏りがあります。

Nickerson 氏は、他者が何を知っているかを推し量る仕組みをレビューし、人は自分が知っていることを出発点にして相手の知識を推定すると整理しました。この方法は全般にはうまく働きますが、人はしばしばそれを無批判に行い、結果として相手も自分と同じ知識を持っていると誤って想定してしまいます。自分の知識を過剰に当てはめることは、伝達の困難につながりうると述べています。

厄介なのは、知識が増えるほど出発点が上がることです。準備を重ねた話し手は、その分だけ聞き手との距離を見誤りやすくなります。

しかも、正解は一つではありません。Kalyuga 氏らは、学習者の熟達度によって有効な教え方が変わる現象を整理しています。経験の浅い学習者にきわめて効果的な手法が、経験を積んだ学習者では効果を失い、さらには逆に働くこともある(expertise reversal effect)というものです。

同じ資料を相手を問わず使い回すと、どちらかの聞き手で必ず損をします。実務でやることは単純です。聞き手が説明なしで使える語を3つ、説明が必要な語を3つ書き出す。この6語が、説明の出発点を決めます。

説明の準備全般については「説明がうまい人」が必ずしている準備で扱っています。

利害 — 聞き手がこの話で何を失うか

2つめの軸は利害です。聞き手が座っている理由を、話し手の都合ではなく聞き手の側から言えるかどうかを見ます。

問いは3つで足ります。

  • この話を聞くと、聞き手は何を得るのか — 判断材料、手順、安心のどれか
  • この話に従うと、聞き手は何を失うのか — 時間、予算、既存のやり方、面子
  • 誰が反対する立場にいるのか — その人は会場にいるのか

3つめが見落とされがちです。提案を受け入れることが、聞き手の誰かの過去の判断を否定する構図になっていないか。ここを見ておくと、同じ内容でも触れ方が変わります。

失うものが大きい相手に、得られるものだけを並べても動きません。失う側の話を自分から先に出すほうが、結果として受け取られます。

場の制約 — 時間・人数・その後の予定

3つめは場です。内容の良し悪しとは無関係に、話の形を決めてしまう条件があります。

条件確認すること話の形に出る影響
持ち時間質疑を含むのか、別枠か本題に入るまでの長さ
人数10名か200名か問いかけの可否、資料の文字量
前後の予定直前と直後のプログラム冒頭の切り替えの要否
時間帯午前、昼直後、夕方集中の前提、密度の置き方
配布物事前配布か、当日か、なしか話で補う情報の量

とくに確認が漏れるのが、質疑が持ち時間に含まれるかどうかです。30分と聞いて30分話す準備をしたのに、質疑込みだった。この一点で、削る作業を本番中にやることになります。

前後の予定も軽く見られがちです。自分の直前が別部門の業績報告なら、聞き手の頭はまだそこにあります。冒頭で切り替えを一度入れるかどうかは、場の情報がないと判断できません。

聞き手が一様でないときの優先順位

実務の場は、たいてい一様ではありません。役員と現場、専門家と非専門家が同じ部屋にいます。

このとき、全員に最適化しようとすると失敗します。Kalyuga 氏らが示したのは、ある熟達度に合わせた設計が別の熟達度では効果を落とすということでした。全員に同時に最適な説明は、原理的に作りにくいということです。

やることは優先順位を決めることです。聞き手を3層に分けます。

  • 意思決定者 — この話の結果として何かを決める人
  • 実行者 — 決まったことを動かす人
  • 観察者 — 今回は決めも動かしもしない人

そして、理解の水準を合わせる相手を1層だけ選びます。多くの場合は意思決定者です。残りの層には、別の手段を用意します。実行者には手順の資料を後で渡す、観察者には質疑で拾う。話の本体で全員を満たそうとしないことが、設計の要点です。

分析した内容を原稿にどう反映するか

分析を書き出しただけでは、原稿は変わりません。反映先は3か所です。

分析した軸原稿のどこに出るか
前提知識説明の出発点、専門語を残すか言い換えるか
利害冒頭で提示する「この話が聞き手にとって何か」
場の制約全体の長さ、本題までの距離、削る章の候補

順序としては、まず出発点を決め、次に冒頭の一文を書き、最後に長さに合わせて削ります。削る作業を最後に置くのが実務的です。先に長さを気にすると、内容が決まる前に短くしてしまいます。

構成そのものの型は世界のMBAで教えられるプレゼンの基本で扱っています。聞き手分析は、その型に何を入れるかを決める工程です。

分析を省いた話が失敗する典型

省いたことに、話している側は気づきません。ここが一番の問題です。

Keysar 氏と Henly 氏は、曖昧な文を特定の意図で相手に伝えさせる実験を行い、話し手が自分の伝達の成功度をどう見積もるかを調べました。話し手は意図した意味が相手に理解される度合いを一貫して過大評価し、実際に理解された割合より高く見積もっていました。一方、話し手の意図を知らされた傍聴者は、系統的な過大評価をしませんでした。話し手は自分の発話を監視するとき、偏りのない観察者としては振る舞えないという結果です。

つまり、手応えは判定材料になりません。うまく話せた感覚は、伝わったことの証拠ではないということです。

分析を省いた話に出る症状は、おおむね3つに絞られます。

  • 説明の出発点が高い — 前提知識の確認を省いた結果。専門語が説明なしで通過していく
  • 聞き手の利害に触れない — 内容は正確なのに、聞き手が自分に関係する話として受け取らない
  • 時間内に終わらない — 場の制約を確認せず、削る判断を本番中に迫られる

いずれも本番の手応えでは検知できません。だから、話す前に紙の上で確認します。

15分でできる聞き手分析シート

時間をかける必要はありません。依頼を受けた直後に15分取り、次の8項目を埋めます。

  1. 聞き手の立場(役職・職種)を書く
  2. 意思決定者・実行者・観察者のうち、水準を合わせる1層を選ぶ
  3. 説明なしで使える語を3つ書く
  4. 説明が必要な語を3つ書く
  5. この話で聞き手が得るものを一つ書く
  6. この話で聞き手が失うものを一つ書く
  7. 持ち時間・人数・質疑の扱いを書く
  8. 直前と直後のプログラムを書く

埋まらない項目が出ます。それが主催者に確認すべき質問です。埋まらないまま推測で進めるのが、いちばん危ない状態です。

このシートは原稿を書く前に使い、書き終えたあとにもう一度見ます。2回目は、3と4に書いた語が原稿でどう扱われているかだけを確認します。

まとめ

海外の入門科目で聞き手の分析が要素の先頭に置かれているのは、そこが話の形を決める工程だからです。話し方は、その後に来ます。

見る軸は3つ。前提知識は説明の出発点を決め、利害は冒頭の一文を決め、場の制約は長さと削る対象を決めます。聞き手が一様でないときは、水準を合わせる1層を選び、残りには別の手段を用意します。

自分の知識を相手に当てはめる偏りも、伝わった度合いを高く見積もる偏りも、話している最中には気づけません。だから、話す前に紙の上で聞き手を見る15分が要ります。話し方を磨く前に、その15分を確保するほうが、伝わり方は大きく変わります。

参考文献・出典