声が届いていないのは、音量のせいとは限らない

説明会や社内総会のあとに「後ろのほうは聞こえにくかった」と言われる。次からマイクの音量を上げ、自分でも意識して大きな声を出す。それでも同じ指摘が繰り返される。そういう経験は珍しくありません。

聞き手の年齢層が高い場では、この食い違いが起きやすくなります。Lin 氏らが2011年に報告した米国の全国調査では、70歳以上の成人を対象に聴力検査を行い、良いほうの耳で会話帯域の純音平均が25dBを超える人が63.1%いました。同じ調査で、中等度の聴力低下がある人の補聴器使用は40.0%、軽度の人では3.4%にとどまっていました。聞き手の側が自分で補正しているとは限らない、ということです。

さらに、聞き取りにくさは聴力検査の結果だけで決まるわけでもありません。Helfer 氏と Wilber 氏が1990年に行った実験では、年齢と純音の聴力閾値のどちらもが聞き取りの成績と負の相関を示した一方で、年齢と聴力閾値そのものは互いに相関していませんでした。末梢の聴力低下がごくわずかな高齢の参加者の多くが、歪んだ子音の聞き取りに困難を示しています。

つまり、聞き手が「聞こえにくい」と言うとき、問われているのは音の大きさではなく、何が崩れているかです。

加齢で先に変わるのは、高い音の領域

加齢で聴力が一様に落ちるわけではありません。Lee 氏らが2005年に報告した縦断研究では、60〜81歳で参加した188名を平均6.4年(3〜11.5年)にわたって追跡し、純音閾値の変化率を周波数ごとに調べています。閾値の上昇は1年あたり、0.25kHzで0.7dB、8kHzで1.2dB、12kHzで1.23dBでした。全体としては60歳以上で年あたり約1dBですが、低い音より高い音のほうが、1年あたりの落ち方が大きいという差があります。

この差が話し手にとって重要なのは、言葉を区別する手がかりの多くが高い帯域にあるためです。母音は比較的低い帯域にエネルギーが集まりますが、サ行やハ行のような摩擦の音、カ行やタ行の破裂の立ち上がりは、高い帯域に成分が偏ります。母音の作られ方については「「口を大きく開けて」が、半分しか正しくない理由」でも扱いました。

高い帯域だけが先に薄くなると、聞き手の体験は「小さくて聞こえない」ではなく、「音は聞こえているのに、言葉がわからない」という形になります。声量を上げても解消しないのは、そのためです。

聞き取りを左右する3つの条件

話し手が動かせる範囲で考えると、聞き手側の加齢と関わる条件は3つに整理できます。

  1. 周波数 — 高い帯域が薄くなり、子音の手がかりが減る
  2. 速度 — 処理に必要な時間が伸び、間がないと追いつかない
  3. 雑音 — 背景音や残響があると、成績の落ち方が大きくなる

この3つは別々に効くのではなく、重なると急に難しくなります。順に見ていきます。

聞き手側の加齢で聞き取りを左右する3つの条件として、周波数・速度・雑音を示した図
図|聞き取りを左右する3つの条件 — 周波数・速度・雑音

周波数 — 子音が消えると、単語ごと崩れる

Helfer 氏と Wilber 氏の実験は、無意味音節のテストを4段階の残響(0.0秒・0.6秒・0.9秒・1.3秒)で録音し直し、静かな条件とカフェテリアの雑音(信号対雑音比プラス10dB)の両方で聞かせるものでした。参加者は、軽度から中等度の感音難聴がある若年群と高齢群、健聴の若年群、そして末梢の聴力低下がごくわずかな高齢群の4グループです。聴力検査でほぼ問題がない高齢の参加者でも、歪んだ子音の聞き取りは難しくなっていました。

実務でこれが表れるのは、意味を一手に担っている短い語です。「シ」と「ヒ」、「1時」と「7時」、固有名詞の語頭、否定の「ない」。ここを取り違えると、聞き手は文全体の意味を作り直さなければならず、次の一文を聞く余力がなくなります。

対処は、その語を大きく言い直すことではなく、別の情報を足すことです。数字は「13時、午後1時です」と二重に言う。固有名詞は画面に出す。否定は「そうではありません」と語を増やして輪郭を太くする。

速度 — 速さより、間のなさが効く

速い話が聞き取りにくいことは広く知られていますが、加齢の文脈で示されているのは「時間を戻せばどこまで回復するか」という点です。

Wingfield 氏らは1999年、機械的に速められた音声に時間を戻す2つの実験を報告しています。実験1では、若年でも高齢でも時間を戻すと内容の再生は改善しましたが、高齢の参加者は、加工していない音声のときの水準までは戻りませんでした。実験2では、失われた時間の100%または125%を、言語的な切れ目か文中のランダムな位置にポーズとして挿入しました。効果は、どれだけ時間を戻したかだけでなく、どこに時間を入れたかによって変わりました

ここから実務が受け取れるのは二点です。第一に、速く話したぶんをあとで補うことは完全にはできない。第二に、同じ長さの間でも、置く場所によって働きが変わる。したがって現場で試す価値があるのは、全体の速度を一律に落とすことではなく、意味の切れ目で止まることです。早口そのものの仕組みは「早口が聞き取りにくいのは、なぜか」で扱っています。

雑音 — 背景音の中では負荷が跳ね上がる

Helfer 氏と Wilber 氏の実験でもう一つ重要なのは、残響と雑音を重ねた条件の結果です。年齢と純音閾値の両方が、残響に雑音が加わった条件での成績と負に相関していました。静かな会議室でできていたことが、同じ相手・同じ声量でも、別の部屋ではできなくなるということです。

会場で起きている「雑音」は、たいてい話し手が意識していないものです。空調の吹き出し音、プロジェクターやノートPCのファン、通路側の扉の開閉、隣室の音、そして参加者どうしの小声のやり取り。天井が高く硬い壁面の会場では、そこに残響が乗ります。

これらは話し方では消せません。声で押し切ろうとせず、条件のほうを変えるのが筋の良い対処になります。

「大きい声」がかえって聞き取りにくい場合

声を張ること自体に効果がないわけではありませんが、限度があります。Pickett 氏は1956年に、騒音下で聞かせる音声を、ごく弱い有声のささやきから非常に強い叫びまで発声の強さを変えて作り、了解度を測定しました。口から1メートルの自由音場で55〜78dBにあたる範囲では、了解度の低下は5%未満でした。しかしその範囲を外れると、了解度は急に、声の強さのデシベル変化に比例して下がりました

この実験は騒音下の一般の聞き手を対象にしたもので、高齢の聞き手に限った結果ではありません。それでも、声量には「上げれば上げるほど良い」という関係が成り立たない領域があることは、押さえておく価値があります。張り上げた声は、話し手自身の余裕も奪います。声量と通りやすさの違いについては「「大きな声」と「通る声」は、音のどこが違うのか」で詳しく扱いました。

マイクがある場ではマイクを使い、ない場では声を張るより、間と語の選び方で届かせる。これが、聞き手の年齢層が高い場での現実的な順序です。

会場とオンラインで、設営からできること

3つの条件のうち、雑音と残響は準備の段階でいちばん動かせます。会場では、空調の風量を弱める、扉を閉める、参加者の席を前方に寄せる、硬い壁面に近い席を使わない、といった調整が有効です。スピーカーが天井の一箇所しかない会場では、後方の席ほど条件が悪くなります。可能なら、開始前に最後列まで行って自分の声を聞いておきます。

オンラインでは、条件が別の形で効きます。回線の状態によって音質が落ちること、同時に話すと両方が途切れること、環境音がマイクに乗ること。いずれも前述の3条件を悪化させる方向に働きます。相手の年齢層が高い場では、外付けマイクを使う、発言を重ねない、画面に見出しと数字を出す、といった手当てが効きます。

どちらの場でも、耳だけに依存させないのが原則です。数字・固有名詞・結論は、必ず視覚にも置きます。

聞き返されたときに、何を変えるか

「もう一度お願いします」と言われたとき、多くの人は同じ文をそのまま大きく繰り返します。しかし崩れていたのが子音の手がかりなら、音量を上げても同じ箇所がもう一度崩れるだけです。

変えるべきは、次の3つのどれかです。

  • 語を替える — 「拝承しました」を「はい、承知しました」に。同じ意味で音の形が違う語に置き換える
  • 文を割る — 一文に二つの要素が入っているなら、二文に分けて間を置く
  • 経路を足す — 数字と固有名詞は書く、画面に出す、資料の該当箇所を指す

また、聞き返しは聞き手にとって負担の大きい行為です。一度で伝わらなかったことを詫びる必要はありませんが、「聞き取りにくかったですね」と場の側の問題として扱うと、二度目以降の聞き返しが出やすくなります。

高齢の聞き手が多い場での実践チェック

準備と当日に分けて、確認する項目を挙げます。

  • 会場の空調・扉・機器の音を、開始前に最後列で聞いた
  • マイクの有無と、後方まで届くかを実際に確認した
  • 数字・固有名詞・結論を、画面か配布資料に文字で置いた
  • 一文を短くし、意味の切れ目で止まる箇所を原稿に印を付けた
  • 言い換えの候補を、重要な語について1つずつ用意した
  • 質疑では、質問を自分で言い直してから答える段取りにした
  • 声を張る前に、マイク・座席配置・雑音の順で確認する手順を決めた

すべてを毎回そろえる必要はありません。声量以外に打てる手が7つあると知っているだけで、当日の対処は変わります。

まとめ

聞き手の加齢で変わるのは、音の大きさへの感度だけではありません。高い帯域から先に薄くなり、処理に必要な時間が伸び、背景音があるときの落ち方が大きくなります。周波数・速度・雑音の3つが重なった場では、声を張るという一手だけでは足りません。

話し手にできるのは、子音の手がかりを別の情報で補い、意味の切れ目で止まり、雑音と残響を準備の段階で減らすことです。聞き返されたときに変えるのは音量ではなく、語・文の長さ・伝える経路のどれかになります。

伝わらなかったことを聞き手の問題にせず、条件の問題として扱う。それが、年齢の幅がある場で話すときの出発点です。

参考文献・出典

本記事で触れた研究の一次情報は以下のとおりです。

  • Lin, F. R., Thorpe, R., Gordon-Salant, S., & Ferrucci, L. (2011). Hearing loss prevalence and risk factors among older adults in the United States. The Journals of Gerontology Series A: Biological Sciences and Medical Sciences, 66A(5), 582–590. https://doi.org/10.1093/gerona/glr002
  • Lee, F.-S., Matthews, L. J., Dubno, J. R., & Mills, J. H. (2005). Longitudinal study of pure-tone thresholds in older persons. Ear and Hearing, 26(1), 1–11. https://doi.org/10.1097/00003446-200502000-00001
  • Helfer, K. S., & Wilber, L. A. (1990). Hearing loss, aging, and speech perception in reverberation and noise. Journal of Speech and Hearing Research, 33(1), 149–155. https://doi.org/10.1044/jshr.3301.149
  • Wingfield, A., Tun, P. A., Koh, C. K., & Rosen, M. J. (1999). Regaining lost time: Adult aging and the effect of time restoration on recall of time-compressed speech. Psychology and Aging, 14(3), 380–389. https://doi.org/10.1037/0882-7974.14.3.380
  • Pickett, J. M. (1956). Effects of vocal force on the intelligibility of speech sounds. The Journal of the Acoustical Society of America, 28(5), 902–905. https://doi.org/10.1121/1.1908510