「口を大きく開けて」と言われても、変わらなかった

発声の練習や話し方の研修で、「もっと口を大きく開けて」と言われた経験のある方は多いと思います。言われたとおりに大きく開けて話してみる。けれども録音を聞き返すと、言葉の聞き取りやすさはあまり変わっていない。顎が疲れただけだった、ということも少なくありません。

この指示が役に立たないわけではありません。ただ、聞き取りやすさを決めているのは、口の開きの大きさそのものではないからです。

声の届き方を音の「量」と「配分」の違いから整理した「大きな声」と「通る声」は、音のどこが違うのかでは、母音の話にはあえて踏み込みませんでした。この記事では、言葉の輪郭をつくる母音に焦点を当て、口の動きを研究から読み直します。

聞き取りやすさを決めるのは、大きさより形の違い

母音の音色は、声道の中にできる共鳴の高さで決まります。音声学では、共鳴の山のうち低いほうから2つ(第1フォルマント・第2フォルマント)を縦と横の軸にとって、それぞれの母音を平面上の点として表します。点どうしを結んでできる範囲が「母音空間」です。この範囲が広いほど、母音と母音が互いに離れている、つまり違いがはっきりしていることになります。

Ferguson 氏と Kewley-Port 氏は、明瞭に話そうとしたときに母音のどんな音響的な変化が聞き取りの改善につながるのかを調べました。対象は12名の話し手で、そのうち6名は、以前の研究で「明瞭に話すと、雑音の中での母音の聞き取りが大きく改善した」話し手、残る6名は改善が見られなかった話し手です。

会話調の声と明瞭に話した声を7つの指標で比べると、聞き取りが大きく改善した話し手のほうが、母音空間の広がりと母音の長さの増え方が大きくなっていました。一方、母音の中でフォルマントがどう動くかという指標の変化は、2つのグループで同じ程度でした。

著者らは、母音空間を広げることと母音を長めに保つことが聞き取りやすさを高めると考えています。ただし話し手ごとの差は大きく、明瞭さを得る方法はさまざまで、この研究で測っていない方法もありそうだとも述べています。「母音空間を広げれば必ず伝わる」という処方ではありません。

ここで大事なのは、母音空間の広さが「一つひとつの母音でどれだけ大きく口を開けたか」ではなく、母音どうしがどれだけ離れているかで決まる点です。

母音をはっきりさせる3つの動き

母音どうしの違いは、口の中のいくつかの動きの組み合わせでつくられます。発声の指導で扱いやすい単位にまとめると、次の3つです。

  1. 顎 — 開きの差が母音を分ける
  2. 舌 — 前後の位置が音色を変える
  3. 唇 — 横に引く・丸める・突き出す
母音をはっきりさせる3つの動き — 顎は開きの差が母音を分ける、舌は前後の位置が音色を変える、唇は横に引く・丸めるで形を変える、の3段構成を示す図
図|母音の違いは、口の大きさではなく3つの動きの組み合わせでつくられる

「口を大きく開けて」という指示が触れているのは、このうち顎の動きだけです。しかもその中でも、差ではなく大きさの側だけを見ています。「半分しか正しくない」というのはこの意味です。

顎 — 開きの差が母音を分ける

音声学の基本的な説明では、第1フォルマントは口の開きと舌の高さに対応します。顎を下げて口を広く開けた母音と、ほとんど開けない母音とでは、第1フォルマントの高さがはっきり違います。

ここで気をつけたいのは、母音を区別する手がかりになるのは開きの絶対量ではなく、母音どうしの開きの差だという点です。すべての母音を同じように大きく開けて話すと、よく開く母音と開きの小さい母音の差がかえって縮まり、母音どうしが似た音に寄っていくおそれがあります。顎は疲れるのに、違いは伝わらない。これは特定の研究の結果ではなく、母音空間の考え方から導いた推論ですが、冒頭の「変わらなかった」を説明する一つの見方になります。

大きく開けること自体を目指すのではなく、開くべき母音ではしっかり開き、狭い母音では狭く保つ。これが顎の役割です。

舌 — 前後の位置が音色を変える

第2フォルマントは、主に舌が口の中で前寄りにあるか奥寄りにあるかに対応します。舌が前に出ると第2フォルマントは高くなり、奥に引くと低くなります。

舌の前後の動きは、鏡で見てもほとんど分かりません。そのため、「口を大きく開けて」という見た目の指示では、この軸はまったく扱われていないことになります。母音空間の横方向の広がりは、外から見えない舌の位置が担っているということです。

見た目の大きさより、音色が母音ごとに切り替わっているかを耳で確かめるほうが、この軸には向いています。

唇 — 横に引く・丸める・突き出す

唇の形も母音の音色を変えます。唇を丸めて前に突き出すと、口から先の管が長く狭くなり、共鳴の高さは全体に下がります。反対に、唇を横に引くと、丸めたときとは違う音色になります。

唇の形は顎の開きと独立して動かせます。同じくらいの開きでも、横に引くか丸めるかで別の母音に聞こえます。したがって唇は、顎と舌がつくった違いに、もう一段の区別を加える役割を持っています。

ここでも、動きが大きいか小さいかより、母音によって唇の形がきちんと切り替わっているかが問題になります。

速く話すと、口は目標まで届かない

顎・舌・唇には、母音ごとに向かうべき目標の形があります。けれども、実際に話しているときにその目標まで毎回届いているとは限りません。

Lindblom 氏は、スウェーデン語の8つの母音を1名の男性話者に、前後の子音と話す速さの条件を変えて発音してもらい、フォルマントを測定しました。その結果、母音のフォルマントが目標の値にどこまで近づくかは、母音の長さによって決まることを示し、その関係を指数関数で表しています。母音が短くなるほど、目標に届かないまま次の音へ移ってしまう。のちに「アンダーシュート」と呼ばれる考え方の出発点になった研究です。1名のスウェーデン語話者の測定なので、日本語や英語の話し手にそのまま数値を当てはめることはできません。

この考え方は、先ほどの Ferguson 氏と Kewley-Port 氏の結果とも整合します。聞き取りが大きく改善した話し手では、母音空間の広がりと並んで、母音の長さの増え方も大きかったからです。

どの手がかりがどれだけ効くかは、聞き手によっても違います。Hargus Ferguson 氏と Quené 氏は41名の話し手の声を分析し、明瞭に話すとすべての音響指標に変化が出る一方、母音や話し手によるばらつきが大きいことを報告しました。さらに、母音の長さと母音の安定した部分のフォルマントが聞き取りにどれだけ寄与するかは、若い健聴の聞き手と、高齢で難聴のある聞き手とで違っていました。聞き手に高齢の方が多い場では、若い同僚に確かめてもらった聞き取りやすさがそのまま当てはまらない可能性があります。

英語で「口角が上がって見える」のは笑顔ではない

英語を話す人の口元を見て、「口角が上がっていて、明るく見える」と感じることがあります。そこから「英語のように口角を上げて話すと声が通る」「表情筋を鍛えるとよい」と勧められることもあります。

ここは区別が必要です。英語には、唇を横に引いて発音する母音があります。唇を横に引く調音の動きは、外から見ると口角が上がったように見えることがあります。けれどもそれは、母音をつくるための口の動きであって、笑顔という表情ではありません。見た目が似ていても、目的が違います。

推論になりますが、笑顔の形で口元を固定したまま話すと、むしろ唇を丸める母音との切り替えがしにくくなるおそれもあります。また、英語を話すと表情筋が鍛えられる、表情筋を鍛えると声が通る、といった効果は、直接比べたデータでは確かめられていません。

日本語を通る声にするのに、英語を真似る必要はない

では、日本語で話すときに英語の口の動きを取り入れるべきかというと、そうとはいえません。

Nishi 氏らは、日本語と米国英語の母音を、第1・第2フォルマントと長さで比べました。さらに、英語を母語とする聞き手に日本語の母音を聞かせ、英語のどの母音に近いかを答えてもらっています。すると聞き手の多くが、日本語のすべての母音を英語の「長い」母音の類に当てはめ、日本語の1拍の母音と2拍の母音の長さの違いを無視しているようでした。また、音響的に近い母音と、聞き手が近いと感じた母音は、必ずしも一致しませんでした。

著者らは、母語と非母語で母音の類の分布が違うことが、この食い違いの原因かもしれないと考えています。この結果が示唆しているのは、母音の区別は言語ごとの体系の中で聞かれているということです。英語の母音体系で大事な違いと、日本語の母音体系で大事な違いは同じではありません。日本語の聞き手に届けたいなら、手本にするのは英語の口の形ではなく、日本語の母音どうしの違いをはっきりさせることです。

英語という言語の側の特徴が届き方にどう関わるかは、英語の話し手が、力まずに通って聞こえる理由で、リズムと強勢の面から整理しています。

母音の切り替えを確かめる練習

母音の違いがはっきりしているかは、口の大きさを鏡で見るより、録音で確かめるほうが向いています。次の手順で試してみてください。

  1. いつもの速さで録る — 「確認します」「提案があります」など、仕事でよく使う一文をふだんどおりに言って録音する
  2. 母音を少し長めに保って録る — 同じ一文を、口を大きく開けることは意識せず、各母音の形に届いてから次へ移るつもりで録る
  3. 小さめの音量で聞き比べる — 語の区切りと母音の違いが追いやすいのはどちらかを確かめる
  4. 別の人にも聞いてもらう — 可能なら、年齢の違う人に聞いてもらう

2で話す速さが大きく落ちすぎる場合は、全体を遅くするのではなく、要所の語だけで試します。母音ごとに顎・唇・舌の形が変わっているかを鏡で見る練習は、声が通らない人のための実践チェックの「滑舌と口の開きを整える」で紹介しています。

母音の違いは耳だけでは判断しにくい部分もあります。声を帯域ごとに見る周波数分析を使うと、声の響きの特徴を確かめる手がかりになります。

まとめ

「口を大きく開けて」という指示は、顎の動きのうち大きさの側しか扱っていません。母音の聞き取りやすさに関係していたのは、母音どうしの違いの広がりと、母音を目標の形まで届かせる長さでした。

口を大きくするより、母音ごとの形の違いを、目標に届く長さで切り替える。手本にするのは英語の口元ではなく、日本語の母音どうしの違いです。

参考文献・出典

本記事で触れた研究の一次情報は以下のとおりです。

  • Ferguson, S. H., & Kewley-Port, D. (2007). Talker differences in clear and conversational speech: Acoustic characteristics of vowels. Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 50(5), 1241–1255. https://doi.org/10.1044/1092-4388(2007/087)
  • Hargus Ferguson, S., & Quené, H. (2014). Acoustic correlates of vowel intelligibility in clear and conversational speech for young normal-hearing and elderly hearing-impaired listeners. The Journal of the Acoustical Society of America, 135(6), 3570–3584. https://doi.org/10.1121/1.4874596
  • Lindblom, B. (1963). Spectrographic study of vowel reduction. The Journal of the Acoustical Society of America, 35(11), 1773–1781. https://doi.org/10.1121/1.1918816
  • Nishi, K., Strange, W., Akahane-Yamada, R., Kubo, R., & Trent-Brown, S. A. (2008). Acoustic and perceptual similarity of Japanese and American English vowels. The Journal of the Acoustical Society of America, 124(1), 576–588. https://doi.org/10.1121/1.2931949