大きな声を出しているのに、届いていない
会議室の後ろの席から「聞こえません」と言われ、声を張り上げる。それでも相手の表情は変わらず、喉だけが疲れていく。
このとき多くの人が選ぶのは「もっと大きく」という対処です。けれども、音量を上げても聞き手の反応が変わらないなら、足りないのは量ではないのかもしれません。声が届くかどうかは、音の大きさだけでは決まらないからです。
この記事では、発声の指導でいう「通る声」を、練習の手順ではなく音響の研究から分解します。
音の「量」と「配分」は別のもの
声には、少なくとも二つの側面があります。一つは、全体としてどれだけ大きいかという「量」。もう一つは、そのエネルギーがどの高さの帯域に配られているかという「配分」です。音響の上では、この二つは別々に測れます。
Master 氏らは、ブラジル人男性の俳優11名と演技経験のない男性10名に、ふだんの声・やや大きい声・大きい声の3段階で長い文章を朗読してもらい、その声を分析しました。俳優の声は、1kHz より下の帯域に対して1〜5kHz の帯域のエネルギーが強く、「俳優のフォルマント」と呼ばれる3〜4kHz あたりの帯域も強く出ていました。声の専門家8名による聞き取り評価でも、3段階すべてで俳優の声のほうが、声の飛び方も大きさも高く評価されています。
注目したいのは、音圧レベル、つまり物理的な音の大きさには、両者で有意な差がなかったことです。同じくらいの大きさで話していても、俳優の声のほうが「大きく」「よく飛ぶ」と聞かれていた。量が同じでも、配分が違えば聞こえ方が変わるということです。
ただし、これは少人数の男性を対象にした研究です。女性の声や日本語の話し手に同じ結果が出るかどうかは、この研究だけでは言えません。
通る声を分ける3つの層
量とは別に聞こえ方を左右するものを、声がつくられる順に並べると、次の3つの層に整理できます。
- 音源 — 声帯の振動が、エネルギーの配分の出発点をつくる
- 響き — 同じ音量でも、高い帯域に力がある
- 切り替え — 音の強弱が、時間の中ではっきり立っている
音源と響きは「どの高さにエネルギーがあるか」、切り替えは「そのエネルギーが時間の中でどう動くか」にかかわります。どれも、全体の音量とは別の軸です。
音源 — 声帯の閉じ方がエネルギーの配分を変える
声は、肺から送られた息で声帯が振動することで生まれます。この振動でできる音には、声の高さにあたる基本の周波数だけでなく、その上に重なる多くの倍音が含まれています。倍音がどの帯域まで強く出るかは、声帯がどのように振動し、閉じるかによって変わります。
Master 氏らは、俳優の声で高い帯域が強かった理由を、生理の面から考察しています。より有利な声帯の状態、具体的には声帯が閉じる速さの高さが、この俳優たちの声の特徴かもしれない。そのうえで、この俳優たちの「飛ぶ声」は、口や喉の空間での共鳴よりも、声帯でつくられる音源のほうに関係していた、とまとめました。
これは測定結果からの解釈で、声帯の動きを直接確かめたものではありません。それでも、「通る声」を口の形だけの問題として捉えないための手がかりになります。
もう一つ読み取れるのは、音量を上げることと、配分を変えることは同じではないという点です。俳優と非俳優で音圧レベルに差がなかった以上、配分の違いは「たくさん声を出したかどうか」では説明できません。
響き — 同じ音量でも高い帯域に力がある声
では、配分の違いは聞き取りやすさそのものにもつながるのでしょうか。
Krause 氏と Braida 氏は、ふだんの速さのまま「明瞭に」話した声と、会話調で話した声を比べました。明瞭に話そうとすると話す速度が落ちやすいため、この研究では速度を保ったまま明瞭に話せるよう訓練を受けた話し手の声を分析しています。その結果、聞き取りやすさの改善に結びついていそうな全体的な特徴が二つ見つかりました。その一つが、長い時間で平均したスペクトルにおける、1000〜3000Hz のエネルギーの増加です。
俳優の声の研究と明瞭な話し方の研究は、対象も方法も違います。それでも、どちらも全体の音量ではなく、1kHz より上の帯域への配分が聞こえ方を左右していた点で重なります。声を張って量を足すのではなく、同じ量のなかで高めの帯域に力を配る。「通る声」の音響的な中身は、この方向にありそうです。
なお、Krause 氏と Braida 氏の分析では、明瞭さを得るための戦略は話し手によって違っていました。「この帯域を強めれば誰でも通る声になる」という処方として受け取るのは、研究の範囲を超えています。
切り替え — 音の強弱が時間の中で立っているか
Krause 氏と Braida 氏が挙げたもう一つの特徴は、周波数ではなく時間の側にありました。
声の強さは、話している間ずっと一定ではなく、上がったり下がったりしています。明瞭に話した声では、この強さのゆっくりした起伏が深くなっていました。言い換えると、強いところと弱いところの差がはっきりしている声です。
こちらも訓練を受けた話し手の結果なので、「速度を落とさなくても明瞭に話せる」と誰にでも当てはめることはできません。ただ、明瞭さが音量の一律な増加としてではなく、強弱の差として時間の中に現れるという点は、「通る声」を考えるうえで見落とせない視点です。
騒がしい場所で、人は自然に話し方を変えている
騒がしい場所では、人は意識しなくても話し方を変えます。一般にロンバード効果と呼ばれる現象です。
Lu 氏と Cooke 氏は、1人の話し声から大勢のざわめき、話し声に似せた一様な雑音まで、背景の雑音の種類と大きさを変えながら、話し手に文を読んでもらいました。雑音の中で話された声は、一様な雑音の中で聞かせたとき、静かな場所で話された声よりも常に聞き取りやすく、背景の話し手の数や雑音の大きさが増すほど、その差は大きくなりました。
著者らはこの結果から、話し手は聞き手の耳に届く雑音の覆い隠し(マスキング)を和らげる方向に、発話を変えていると考えています。つまり、騒音の中での声の変化は、話し手自身がどれだけ声を出したかではなく、聞き手の耳に何が届くかに向けた調整だという解釈です。
人前で話すときも、「自分がどれだけ出したか」ではなく「聞き手に何が届いているか」を基準にすると、足すべきものが量なのか配分なのかが見えてきます。
「腹から声を」「胸を張って」をどう読み直すか
発声の指導では、「腹から声を出して」「胸を張って」という言葉がよく使われます。どちらも間違いと切り捨てる必要はありませんが、研究が示している範囲は、言葉の印象よりずっと限られています。
Traser 氏らは、プロの歌手6名を仰向けの姿勢で動的MRIにより撮影し、深い呼吸と長く伸ばす発声のときの横隔膜と胸郭の動きを比べました。ふつうに息を吐くときは横隔膜と胸郭が同期して肺の容積を減らしていたのに対し、発声中はそれぞれが別の機能単位として働き、声帯の下の圧力の制御を助けていました。
この結果から言えるのは、訓練を受けた歌手では、声を出すときの呼吸の筋肉が、ただ息を吐くときとは違う使われ方をしている、というところまでです。6名・仰臥位の研究であり、立って話す一般の話し手に当てはまるかどうかも、「腹式呼吸が正しい」かどうかも示していません。「腹から」という言葉を、力いっぱい息を押し出す指示ではなく、声を出している間の息の圧力を細かく保つ方向で読み直す。これは研究から導いた一つの読み方です。
「胸を張って」についても同様です。Cardoso 氏らは、姿勢と声の関係を扱った12本の研究を系統的に検討しました。効率よく声を出すには適切な姿勢が必要とされる一方で、姿勢と音声障害の関係については研究間で結果が食い違っていました。著者らは、止まっていても動いていても筋肉どうしの緊張を切り替えやすい姿勢が、喉頭の自由な動きを助けるとまとめています。
胸を張れば声が出る、という因果は確かめられていません。研究の方向と合うのは、形を固めることより、首や顎が動ける状態を保つことのほうです。姿勢を固めずに整える具体的な確かめ方は、声が通らない人のための実践チェックで紹介しています。
声を張るほど聞き取りにくくなる場合
ここまでの研究を重ねると、声を張ることが逆効果になりうる場面が見えてきます。以下は個々の研究の結果そのものではなく、そこから導いた推論です。
- 強弱の差が消える — 全体を大きくしようとすると、すべての語を同じ強さで押し出しやすく、明瞭な話し方で深くなっていた強弱の起伏が平らになります
- 力みで量だけが増える — 音量と配分が別のものである以上、喉に力を入れて量を足しても、聞き取りやすさにつながるとは限りません。喉の痛みやかすれを伴うなら、練習より休息を優先します
- 部屋やマイクの条件が重なる — 反響の多い部屋やオンライン会議では、声の外側の条件が届き方を大きく変えます。この場合はオンライン会議で声がこもる原因と対策で扱う機材と部屋の調整が先です
録音で「量」と「配分」を聞き分ける
量と配分の違いは、録音を聞き比べるとある程度つかめます。スマートフォンを口から同じ距離に置き、同じ一文を2通りで録ってみてください。
- いつもより大きく、全体を張った声で
- 音量はいつもどおりのまま、大事な語だけ強弱の差をつけて
聞き比べるときは、再生の音量を小さめにするのが一つの目安です。量で押した声は、再生音量を下げると言葉の輪郭まで一緒に遠のきやすくなります。強弱の差がある声は、小さく再生しても、どこで語が区切れているかを追いやすいことがあります。
量は録音アプリの音量表示でもおおよそ分かりますが、配分は耳だけでは判断しにくい部分です。声を帯域ごとに見る周波数分析を使うと、自分の声のエネルギーがどのあたりに集まっているかを確かめる手がかりになります。姿勢・共鳴・滑舌を整える5分ほどの手順は、声が通らない人のための実践チェックをあわせてご覧ください。
まとめ
「大きな声」と「通る声」の違いは、音の量と配分の違いとして捉えられます。物理的な音の大きさが同じでも、帯域への配分と強弱の起伏が違えば、声の届き方は変わります。
届かないと感じたとき、最初に足すべきは音量とはかぎりません。聞き手の耳に何が届いているかを基準に、配分と強弱を見直す。声の周波数の成分が信頼の印象とどう結びつくかは、「声」が信頼を生む周波数の科学で扱っています。
参考文献・出典
本記事で触れた研究の一次情報は以下のとおりです。
- Master, S., De Biase, N., Chiari, B. M., & Laukkanen, A.-M. (2008). Acoustic and perceptual analyses of Brazilian male actors’ and nonactors’ voices: Long-term average spectrum and the “actor’s formant”. Journal of Voice, 22(2), 146–154. https://doi.org/10.1016/j.jvoice.2006.09.006
- Krause, J. C., & Braida, L. D. (2004). Acoustic properties of naturally produced clear speech at normal speaking rates. The Journal of the Acoustical Society of America, 115(1), 362–378. https://doi.org/10.1121/1.1635842
- Lu, Y., & Cooke, M. (2008). Speech production modifications produced by competing talkers, babble, and stationary noise. The Journal of the Acoustical Society of America, 124(5), 3261–3275. https://doi.org/10.1121/1.2990705
- Traser, L., Özen, A. C., Burk, F., Burdumy, M., Bock, M., Richter, B., & Echternach, M. (2017). Respiratory dynamics in phonation and breathing—A real-time MRI study. Respiratory Physiology & Neurobiology, 236, 69–77. https://doi.org/10.1016/j.resp.2016.11.007
- Cardoso, R., Lumini-Oliveira, J., & Meneses, R. F. (2019). Associations between posture, voice, and dysphonia: A systematic review. Journal of Voice, 33(1), 124.e1–124.e12. https://doi.org/10.1016/j.jvoice.2017.08.030