大人数の場で問いを投げ、全体に向けて答えを求める。会議でも研修でも、ごく普通の進め方です。けれども、この進め方では、考えを口にする機会を得るのは手を挙げた一部の人だけになります。
米国の大学の物理や生物学の授業では、この問題に対して、全体に答えを求める前に、隣の人と話す時間を挟むという手順が広く研究されてきました。ピア・インストラクション(学生どうしで教え合う授業法)と呼ばれる方法です。
本記事で紹介する研究は、いずれも大学の授業で、物理や遺伝学の概念問題を使って行われたものです。会議や社内研修への適用は、研究結果からの推論であることを先にお断りしておきます。
「何か意見はありますか」に沈黙が返る
会議で意見が出ないとき、進行役は「もっと積極的に」と参加者に求めがちです。しかし、問いかけの直後に全員の前で話すことには、いくつもの負担が重なっています。考えがまとまっていない、自分の理解が合っているか自信がない、周りの反応が読めない。
こうした状況で最初に口を開くのは、多くの場合、立場が上の人か、話すことに慣れた人です。その意見が出た時点で、ほかの参加者は「それに賛成するかどうか」を考える側に回ります。全員が自分の考えを持つ前に、場の答えが決まってしまうのです。
質問が出にくい背景や、質問そのものの機能については、会議で質問しないことは、失礼ではないのかで扱いました。本記事が扱うのは、発言の前に小さな話し合いを挟む進行の手順です。
ハーバードの物理の授業で始まったピア・インストラクション
ピア・インストラクションは、ハーバード大学物理学科の物理の入門授業で、1991年から取り入れられてきた方法です。Crouch 氏と Mazur 氏は2001年、物理を専攻しない学生向けの入門物理の授業で、この方法を10年間続けた結果を報告しています。
報告によれば、ピア・インストラクションを導入したあと、学生の概念的な理解と、計算問題を解く力の両方が向上しました。同じ報告では、授業前の読書課題に文章で回答させる、討論の時間に協同学習を取り入れるといった改良を重ね、そのたびに理解がさらに高まったことも述べています。
ただし、この報告は統制群を置いた実験ではなく、授業を10年間運営した実践の報告です。改良の効果もほかの要因と切り分けられてはいません。隣と話すことそのものの効果を確かめたのは、次に紹介する遺伝学の授業での研究です。
手順 — 一人で答える・隣と話す・もう一度答える
研究で扱われた授業の手順は、次の3段階です。
- 一人で答える — 講師が概念を問う選択式の問題を出し、学生は手元の投票端末で個別に答える
- 隣と話す — 近くの学生と、なぜその答えを選んだのかを話し合う
- もう一度答える — 同じ問題に、もう一度個別に投票する
ここでいう概念問題とは、公式に数値を当てはめて計算する問題ではなく、現象の仕組みや考え方を正しく理解しているかを問う問題です。正解を覚えているかではなく理解しているかを問うので、なぜその答えを選んだのかを話し合うと、自分の理解のどこがずれていたのかが表に出やすくなります。
Smith 氏らは、この手順を踏むと2回目の正答率が上がるのが通例だと述べています。ここで大切なのは、最初の投票が個別であることです。全員がいったん自分の答えを決めてから話すので、他人の意見を聞く前に、自分がどう考えたのかがはっきりします。
最初は誰も正解していなくても、理解が進んだ
2回目の正答率が上がるのは、本当に理解が進んだからなのか。それとも、正解を知っている学生に周りが合わせただけなのか。Smith 氏らは2009年、大学の学部の遺伝学の授業でこの点を確かめました。
方法は、先の3段階のあとに、同じ概念を問う別の問題を、学生に個別で解かせるというものです。単に隣の答えに合わせただけなら、新しい問題では正答率は上がらないはずです。
結果は、ペアでの討論が理解を高めていることを示していました。しかも、話し合ったグループの中で、最初は誰も正解していなかった場合でも、理解が進んでいたのです。少なくともその場合、理解を深めたのは答えを知っている人からの受け売りではなく、話し合いの過程そのものだったことになります。
討論のあとに講師の説明を足すと、さらに伸びた
それでは、講師は説明しなくてよいのか。Smith 氏らは2011年、遺伝学を専攻する学生と専攻しない学生の授業で、3つの進め方を比べました。
- ペア討論だけ
- 講師の説明だけ
- ペア討論のあとに講師の説明
最初の問題に個別で答えたあと、それぞれの進め方を経て、似た問題にもう一度個別で答えます。結果、討論のあとに講師の説明を加えた組み合わせが、どちらか一方だけより平均の成績を大きく高めました。
成績で3つの層に分けて分析しても、どの層も組み合わせで最も伸びていました。一方で、成績上位の学生は講師の説明だけでは伸びず、討論の重要性も示されました。ただし、専攻しない学生の成績下位の層では、組み合わせの伸びは説明だけの場合をわずかに上回る程度でした。話し合いは説明の代わりではなく、説明を受け取る準備として働いた、と読むことができます。
日本の会議で、いきなりの全体発言が難しい理由
ここからは研究の外の話です。日本の会議では、全員の前での最初の一言が特に重く受け止められやすいと言われます。上位者の前で異なる意見を述べること、間違うこと、場の流れを止めることへの遠慮が重なるためです。
隣の一人と話すことは、この負担を小さくします。相手は一人で、話す内容はまだ下書きです。自分の考えを一度言葉にしておけば、全体に向けて話すときには、すでに一度口に出した考えを言い直すだけになります。
また、ペアで話した内容は「二人で話したのですが」と切り出せます。個人の意見として名乗り出るより、発言の負担は軽くなるでしょう。これらは研究で確かめられたことではありませんが、会議に取り入れる理由としては十分に考えられます。
会議・研修に持ち込む手順
授業の3段階は、次のように置き換えられます。
- 問いを一つに絞って示す — 「この案の一番のリスクは何か」のように、答えが一言で書ける形にする
- 一人で考える時間を取る — 手元のメモに自分の答えを書いてもらう。投票端末がなくても、書くことで答えが確定する
- 隣の人と理由を話す — 答えそのものより「なぜそう考えたか」を話してもらう
- 全体で共有する — 何組かに、話した内容を紹介してもらう
- 進行役が整理し、補足する — 出た論点をまとめ、必要な情報や判断の基準を足す
たとえば、新しい経費精算の手順を説明する部署会議なら、説明のあとに「出張中のタクシー代は、どの区分で申請するか」と選択肢つきで問います。各自がメモに答えを書き、隣の人と理由を1〜2分話し、何組かに答えと理由を聞く。答えが割れた箇所こそ、説明が伝わっていなかった箇所です。進行役はそこを補足してから次へ進みます。
最後の5番目は、2011年の研究で講師の説明を加えたことに当たります。話し合わせたまま終えず、進行役が整理して締めることで、議論が理解や判断につながります。
問いを投げたあとに考える時間を置くことの意味は、人はなぜ「間」がある話に引き込まれるのかでも扱いました。本記事の手順は、その考える時間に、隣と話す段階を加えたものです。
ペア討論が向く議題・向かない議題
研究で使われたのは、正解のある概念問題でした。会議の議題にはさまざまな種類があるので、向き不向きを分けて考えます。
向いているのは、次のような議題です。
- 方針案のリスクや抜け漏れを洗い出す
- 新しい制度や手順を、全員が正しく理解しているかを確かめる
- 研修で学んだ考え方を、自分の仕事に当てはめる
一方、向いていないのは、人事や評価のように個人の事情に触れる議題、隣の人と利害が対立する議題、そして事実の確認だけで済む連絡事項です。前者は二人で話すこと自体が負担になり、後者は話し合う中身がありません。
問いの立て方も大切です。「この案についてどう思いますか」のように広く問うと、ペアでも何から話せばよいか迷います。「AとBのどちらを優先すべきか」「この中で最も起こりやすい問題はどれか」のように、選択肢を示すか、答えを一つに絞らせる問いのほうが、短い時間で理由の話し合いに入れます。
時間は、問いが一つなら数分で足ります。長くすると雑談に流れやすいため、短く区切って何度か繰り返すほうが扱いやすいでしょう。これは実務上の目安で、研究が示した時間ではありません。
進行役が気をつけること
手順を形だけ取り入れても、うまくいかないことがあります。
- 最初の個別回答を省かない — いきなり話し合わせると、声の大きいほうの意見にもう一人が合わせるだけになりやすい
- 上下関係の近いペアを避ける — 上司と部下が組むと、部下は話し合う前に上司の答えに寄せてしまう
- 共有では「答え」より「理由」を聞く — 意見が割れたペアの話ほど、論点が見えやすい
- 進行役が先に答えを言わない — 正解や結論を先に示すと、話し合いが答え合わせになる
オンライン会議でも、同じ手順は使えます。一人で考える段階はチャットに答えを書き込んでもらい、ペアで話す段階は少人数の別室機能を使います。別室に移る前に問いを画面に残しておくと、移った先で何を話すのかがぶれません。
話し合いの後に整理役を担う進行役の力は、参加者に教える役割を任せる研修設計とも関係します。教える側に回ることの学習効果は、学習効果を高める「教える力」で扱いました。
まとめ
全体に向けていきなり意見を求めると、考えを口にできるのは一部の人に限られます。米国の大学の授業で生まれたピア・インストラクションは、一人で答える・隣と話す・もう一度答えるという手順で、この問題に取り組んできました。
研究では、ペアでの討論は理解を高め、最初は誰も正解していなくても理解が進みました。さらに、討論のあとに講師の説明を足すと、学習は最も伸びました。会議や研修では、問いを一つに絞り、書いて、隣と話し、最後に進行役が整理する。この順番が、意見の出る場をつくる手がかりになります。
参考文献・出典
- Crouch, C. H., & Mazur, E. (2001). Peer Instruction: Ten years of experience and results. American Journal of Physics, 69(9), 970-977. https://doi.org/10.1119/1.1374249
- Smith, M. K., Wood, W. B., Adams, W. K., Wieman, C., Knight, J. K., Guild, N., & Su, T. T. (2009). Why peer discussion improves student performance on in-class concept questions. Science, 323(5910), 122-124. https://doi.org/10.1126/science.1165919
- Smith, M. K., Wood, W. B., Krauter, K., & Knight, J. K. (2011). Combining peer discussion with instructor explanation increases student learning from in-class concept questions. CBE—Life Sciences Education, 10(1), 55-63. https://doi.org/10.1187/cbe.10-08-0101