返信の候補をAIが出す時代
メールを開くと、画面の下に「承知しました」「ありがとうございます、確認します」といった返信の候補が並んでいる。こうした機能を使ったことのある人は多いでしょう。いまでは、生成AIに状況を伝えて、返信の下書きを丸ごと書いてもらうこともできます。
忙しい管理職や経営者にとって、これは大きな助けです。返信が速くなり、言葉遣いも整います。
一方で、気になる点もあります。受け取った側は、その文面がAIの手を借りたものだと気づいたとき、書き手をどう見るのでしょうか。丁寧な文面が、かえって「手を抜いた」と受け取られることはないのでしょうか。
この問いには、コミュニケーション研究がすでにいくつかの答えを出しています。AIの補助は会話をよくする力を持つ一方で、AIを使っていると疑われると、その利点が打ち消されるというのが、研究から見えてくる構図です。
なお、ここで紹介する研究は、スマートフォンの返信候補と、民泊サイトのホスト紹介文を題材にしたものです。ビジネスメールや社内チャット、生成AIが書く長文に当てはめる部分は推論として読んでください。AIの性能と人々の受け止め方は急速に変わっているため、研究当時の結果がこの先も同じとは限らない点にも注意が必要です。
AIが仲立ちするコミュニケーションとは
まず、言葉を整理しておきます。
Hancock 氏らは、AIを介したコミュニケーション(AI-Mediated Communication、AI-MC)を、知的なエージェントが本人に代わって、文面を修正・補強・生成する対人コミュニケーションと定義しました。誤字の修正、言い回しの提案、返信候補の表示、文章の自動生成は、いずれもこの範囲に入ります。
同氏らは、AI-MC の登場によって、これまでのコンピューターを介したコミュニケーション研究の理論や知見を見直す必要があると述べています。そして、技術の設計だけでなく、心理・言語・人間関係・政策・倫理の面から影響を調べる研究課題を示しました。
この論文は実験の結果を報告したものではなく、定義と論点を整理したものです。以下の節では、この枠組みのもとで行われた実験を見ていきます。
AIの返信候補を使うと、会話は速く温かくなった
Hohenstein 氏らは、毎日膨大な数のメッセージで使われている返信候補(スマートリプライ)が、人どうしの関係にどう影響するかを、二つの無作為化実験で調べました。
結果の一つ目は、AIの補助がもたらす利点です。AIの返信候補を使うと、やりとりが速くなり、肯定的な感情を表す言葉が増えました。さらに、会話の相手どうしが、互いをより親密で、より協力的だと評価するようになったのです。
返信候補は短く、肯定的な言い回しが多いものです。それを選ぶだけで、会話の調子が前向きに傾き、相手の印象までよくなったと考えられます。
この結果だけを見れば、AIの補助は積極的に使うべきもののように思えます。ところが、同じ研究には続きがありました。
ただし、AIを使っていると疑われると評価は下がった
同じ研究で、相手がAIの返信候補を使っていると疑った参加者は、その相手を否定的に評価したのです。
Hohenstein 氏らは、この結果を、AIに対する世間の否定的な見方と一致するものだと述べています。そして、AIは会話を速くし、相手の印象をよくしうるにもかかわらず、AIへの否定的なイメージが、その利点を損なってしまうと結論づけました。
ここで注目したいのは、評価を下げたのが「AIを使ったこと」そのものではなく、「使っていると疑われたこと」だという点です。AIの補助で会話がよくなっても、相手がそれに気づいて否定的に受け止めれば、得られたはずの好印象は失われます。
ビジネスの場に置き換えると、定型的で整いすぎた返信が続くと、相手に「AIで済ませているのでは」と思われ、文面のよさとは別に評価が下がるおそれがある、ということになります(推論です)。
AIが書いたと知るだけで信頼が下がる条件 — 人とAIが混ざっているとき
では、AIが書いたと分かれば、いつでも信頼は下がるのでしょうか。この点を調べたのが、Jakesch 氏らの研究です。
同氏らは、民泊サイト Airbnb のホストの紹介文を題材に、三つの実験を行いました。参加者は、紹介文がAIによって書かれたと思ったとき、そのホストを信頼しにくくなるかどうかを評価しました。
結果は、単純な「AIなら信頼が下がる」ではありませんでした。AIが書いた紹介文と人が書いた紹介文が混ざっていると参加者が思った条件でのみ、AIが書いたと表示された、あるいはAIが書いたと推測された紹介文のホストが、信頼されにくくなったのです。
Jakesch 氏らはこの現象を、レプリカント効果(Replicant Effect)と名づけました。裏を返せば、紹介文が混ざっていると思わなかった条件では、こうした不信は見られなかったということです。
この結果は、評価を左右するのがAIの使用そのものより、周りと比べてどう見えるかである可能性を示しています。人が書いた文面とAIの文面が混ざって届く状況では、AIらしく見える文面が目立ち、不信を招きやすいと考えられます。
会話がうまくいかないと、責任はAIに向けられた
もう一つ、AIの補助が人間関係にどう作用するかを調べた研究があります。Hohenstein 氏と Jung 氏は、会話の成否(うまくいった・いかなかった)と、使うアプリ(通常のアプリ・AIの返信候補つきのアプリ)を組み合わせた実験を行いました。
結果、AIの返信候補があると、会話の相手への信頼が高まりました。さらに、会話がうまくいかなかったとき、参加者はAIを会話を誘導した存在のように受け止め、相手の人間に向ける責任を軽くしたのです。
両氏はこれを、事故の衝撃を吸収する車体の部分になぞらえて、「道徳的なクランプルゾーン」と表現しました。AIが責任の一部を引き受ける緩衝材のように働いた、ということです。また、AIに主体性があると見なされたのは、会話がうまくいかなかったときだけでした。
ただし、この結果を「失敗はAIのせいにすればよい」と読むのは誤りです。研究が示したのは、受け手の側で責任の向け方が変わったということで、書き手が言い訳にAIを持ち出してよいという意味ではありません。
社外の相手への返信で、AIに任せない部分
ここからは、研究を職場の返信に当てはめて考えます。いずれも研究から導いた推論で、ビジネスメールで効果を確かめたものではありません。
研究が示したのは、AIの補助には利点があり、損失は「疑われたとき」に生じるということでした。そう考えると、AIに任せる部分と、自分で書く部分を分けるのが現実的です。
- 任せてよい部分 — 日程調整の候補、受領の連絡、定型の案内、誤字や敬語の確認
- 自分で書く部分 — お詫び、お礼、相手の判断や努力に触れる一文、断りや条件変更の理由
後者に共通するのは、相手との関係そのものに関わることです。お詫びやお礼の文面がAIらしく整いすぎていると、相手は内容より「誰が書いたのか」に意識を向けるかもしれません。
一文だけでも、そのやりとりでしか書けないことを入れると効果的だと考えられます。前回の打ち合わせで相手が話していたこと、相手の資料のどこに助けられたか、といった具体的な一言です。
たとえば、納期の遅れを詫びるメールを考えます。AIの下書きは「このたびはご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」と始まるかもしれません。これに「先週の定例で、御社の発表準備の日程をうかがっていたにもかかわらず」と一文を足すだけで、相手の事情を知っている人にしか書けない文面になります。定型の部分はそのままでも、関係に触れる一文が自分の言葉であれば、文面全体の受け止め方は変わりうると考えられます。
社内でAIの利用をどう伝えるか
Jakesch 氏らの研究は、人の文面とAIの文面が混ざっているときに、AIらしい文面が不信を招くことを示しました。この結果は、社内でのAI利用の伝え方にも示唆を与えます(推論です)。
AIの使い方が人によってばらばらで、しかも誰が使っているのか分からない職場では、整いすぎた報告やメールが「AIで済ませたのでは」という疑いを招きやすくなるでしょう。
一つの考え方は、どの業務でAIを使ってよいかを、組織として共有しておくことです。議事録の要約、資料の下書き、定型連絡などでの利用を前提として共有しておけば、AIを使うこと自体が隠すべきことではなくなります。
経営者や管理職が、自分もAIをどう使っているかを率直に話すことも役に立つと考えられます。ただし、利用を開示したときに受け手の評価がどう変わるかは、今回の出典では直接確かめられていません。開示の方法は、職場の実情に合わせて試しながら決める必要があります。
共有しておくとよい項目には、たとえば次のようなものが考えられます。
- AIを使ってよい業務 — 要約、下書き、定型連絡、表現の確認
- 自分で書く文面 — 評価面談の記録、お詫び、取引先との条件交渉
- 最終確認の責任 — AIを使っても、送った文面の責任は送り手にある
AIの下書きを自分の言葉にする
AIの下書きを使うと決めたら、最後に必要なのは、それを自分の言葉に戻す作業です。
骨格を残して余分な整いを削る、自分が見た場面を差し込む、声に出して話せる文に戻す、といった具体的な編集の手順は、生成AIで作った原稿を「自分の言葉」にする方法の記事で扱いました。本稿では、その前提となる「受け手がAIの文面をどう評価するか」の研究を整理しています。
AIと人の話し方の違いそのものについては、AIに代替される話し方 vs AI時代に価値を生む伝え方の記事もあわせて参考にしてください。
まとめ
AIを介したコミュニケーションの研究は、AIの返信候補が会話を速く温かくし、相手への信頼を高めうること、しかしAIを使っていると疑われると評価が下がること、そしてAIへの不信は人とAIの文面が混ざっているときに生じやすいことを示してきました。
研究の題材は返信候補と紹介文で、職場の返信に当てはめた部分は推論です。それでも、定型の部分はAIに任せ、相手との関係に関わる一文は自分の言葉で書くという使い分けは、AIの速さと信頼を両立させる一つの方法になります。
参考文献・出典
- Hancock, J. T., Naaman, M., & Levy, K. (2020). AI-mediated communication: Definition, research agenda, and ethical considerations. Journal of Computer-Mediated Communication, 25(1), 89-100. https://doi.org/10.1093/jcmc/zmz022
- Hohenstein, J., Kizilcec, R. F., DiFranzo, D., Aghajari, Z., Mieczkowski, H., Levy, K., Naaman, M., Hancock, J., & Jung, M. F. (2023). Artificial intelligence in communication impacts language and social relationships. Scientific Reports, 13, 5487. https://doi.org/10.1038/s41598-023-30938-9
- Jakesch, M., French, M., Ma, X., Hancock, J. T., & Naaman, M. (2019). AI-mediated communication: How the perception that profile text was written by AI affects trustworthiness. In Proceedings of the 2019 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (pp. 1-13). https://doi.org/10.1145/3290605.3300469
- Hohenstein, J., & Jung, M. (2020). AI as a moral crumple zone: The effects of AI-mediated communication on attribution and trust. Computers in Human Behavior, 106, 106190. https://doi.org/10.1016/j.chb.2019.106190