人に何かを頼むのは、思った以上に勇気が要ります。断られたら気まずい、借りをつくりたくない、能力が足りないと思われたくない。そうした迷いの根には、たいていどうせ引き受けてもらえないだろうという見積もりがあります。
本記事では、この見積もりそのものを確かめた社会心理学の研究を取り上げます。頼む側は相手の承諾を低く見積もり、その原因は「断る側の気まずさ」を見落とすことにありました。
ただし、研究の多くは見知らぬ人への依頼を扱ったものです。職場の上下関係や取引先との関係への適用は、そこからの推論であることを先にお断りしておきます。
「迷惑だろう」と頼めずに抱え込む
頼みごとを飲み込む場面は、職場のあちこちにあります。締め切りが迫っているのに同僚に手伝いを頼めない。分からない点を先輩に聞けず、半日かけて自分で調べる。営業職であれば、紹介をお願いしたい顧客に、その一言が言えないまま面談を終える。
一回ごとの損失は小さく見えます。けれども積み重なると、仕事は遅れ、ミスは表に出るのが遅くなり、本人は「自分だけが大変だ」と感じるようになります。頼まないことにも、見えにくいコストがあるのです。
頼む側は、引き受けてもらえる見込みを低く見積もる
Flynn 氏と Lake 氏は2008年、人は直接の頼みごとが引き受けてもらえる見込みを低く見積もるのではないか、という問いを一連の研究で確かめました。
最初の3つの研究では、実験の場でも日常に近い現場の場でも、さまざまな頼みごとについて、参加者は相手が引き受けてくれる見込みを最大で50%低く見積もっていたのです。
その後の研究をまとめた Bohns 氏の2016年のレビューによれば、研究の参加者が頼みごとをした見知らぬ相手は、1万4千人を超えます。承諾の過小評価は、参加者の層や頼みごとの種類を変えても繰り返し見られ、平均すると48%にのぼりました。頼む側の悲観は、たまたまの誤差ではなく、かなり安定した傾向だということです。
この悲観には実害があります。引き受けてもらえないと思えば、人はそもそも頼みません。頼まなければ、見積もりが外れていたことを確かめる機会もなく、悲観は修正されないまま次の場面に持ち越されることになります。
見積もりがずれる理由 — 断るほうも気まずい
なぜ、ここまで見積もりがずれるのでしょうか。Flynn 氏と Lake 氏は、同じ場面を「頼む側」と「頼まれる側」のどちらの立場で考えるかを実験で入れ替えると、この過小評価が生じることを示しました。
さらに原因を探った研究では、頼む側と頼まれる側で、注目しているコストが違うことが分かりました。頼む側は、引き受けることの負担、つまり「イエス」と言うコストに目を向けます。一方で、頼まれた相手が感じる、断ることの気まずさ、つまり「ノー」と言うコストを十分に考えていませんでした。
Bohns 氏のレビューも、この誤りの原因を、頼む側が頼みごとに「ノー」と言う気まずさを見落とすことにあるとまとめています。頼む側の頭の中では、相手は時間と手間だけを天秤にかけて判断します。実際の相手は、目の前の人を断る居心地の悪さも抱えているのです。
頼まれる側から見た「頼みにくさ」
見積もりのずれは、立場を逆にしても起きます。Bohns 氏と Flynn 氏は2010年、4つの研究で、今度は助ける側の見方を調べました。
助ける側は、頼む側が感じる気まずさを低く見積もり、人が助けを求めてくる見込みを高く見積もっていました。また、助ける側は、頼む側の気まずさを和らげることより、助けることの実際の利点を強調しがちでした。
管理職に置き換えると、思い当たる場面があるかもしれません。「何かあればいつでも言って」と伝えたのに、部下が相談に来ない。上司の側は「言えば来るはずだ」と考えますが、部下の側には、頼むこと自体の気まずさが残っています。頼む側も頼まれる側も、相手の気まずさを小さく見ているのです。
この結果から、声のかけ方を見直すこともできます。助ける側は「手伝えるよ」と利点を伝えがちですが、頼む側の足を止めているのは気まずさのほうでした。たとえば「途中の段階で見せてもらえると、こちらも助かる」のように、頼むことが相手の役にも立つと伝える言い方は、気まずさを下げる工夫になると考えられます。
だからこそ、断れる余地を残す
ここで注意が要ります。研究が示したのは、承諾の多くが「断る気まずさ」に支えられているということでもあります。つまり「頼めば通る」は、相手が断りにくいから通っている場合があるということです。
この結果を、押しを強くすれば通るという勧めとして読むのは誤りです。頼みごとの見積もりを正しく持つことと、相手に無理をさせることは別の話です。頼みごとを口にする勇気を持つと同時に、相手が「ノー」と言いやすい形で頼むことが欠かせません。
図の3つは、研究の手順ではなく、本稿が実務向けに整理した視点です。頼む、断れる余地を残す、礼を言う。断れる余地の具体的な言い方、たとえば期限や量の調整幅を示す方法は、「依頼」が気持ちよく通る頼み方で詳しく扱いました。断られたときは、時間を割いて考えてくれたことに礼を言って引き下がる。それが次に頼みやすい関係を残します。頼まれた側として上手に断る方法は、断っても関係が壊れない人は、何を言っているのかで扱いました。
直接頼むことと、文字で頼むこと
Flynn 氏と Lake 氏の研究が扱ったのは、直接の頼みごとでした。断る気まずさは、目の前の相手に「ノー」と言う場面で特に強く働くと考えられます。
そう考えると、メールやチャットで頼むときには、この気まずさが弱まる可能性があります。これは本稿の推論で、紹介した研究が確かめたことではありません。ただ、文字の依頼は、相手にとって後回しにしやすく、返事をしないという形で断ることもできます。
逆に言えば、文字の依頼は断れる余地を残しやすい手段でもあります。大きな頼みごとや急ぎの頼みごとは直接、相手に考える時間を渡したい頼みごとは文字で、と使い分けるのが一つの目安です。文字では意図が伝わりにくい点については、メールの冗談や皮肉が、思ったように伝わらない理由も参考になります。
部下が上司に頼めない構造
職場では、頼みごとに立場の差が加わります。紹介した研究は主に見知らぬ人どうしの依頼で、上下関係のもとで同じ大きさのずれが起きるかは確かめられていません。そのうえで、構造として考えられることを挙げます。
部下から上司への頼みごとは、「仕事ができないと思われるのではないか」という不安を伴いやすくなります。一方で上司の側は、Bohns 氏と Flynn 氏の研究が示したように、頼む側の気まずさを小さく見て、「困っていれば言ってくるだろう」と考えがちです。二つが重なると、部下は頼まず、上司は頼まれていないので問題ないと考える状態が生まれます。
上司にできるのは、「いつでも言って」と待つことではなく、頼みやすい場面をつくることです。1on1の終わりに「今週、手を借りたいことはある?」と具体的に尋ねる。上司自身が部下に小さな頼みごとをして、頼むことが普通である空気をつくる。どちらも、頼む側の気まずさを下げる工夫です。
反対に、上司が部下に頼むときは注意が要ります。断る気まずさが承諾を支えているのなら、立場が上の人からの頼みごとは、いっそう断りにくくなると考えられます。上司の頼みごとが通りやすいのは、内容が良いからとは限りません。立場が上の人ほど、断れる余地をはっきり言葉にする必要があります。「今の仕事が詰まっていたら、遠慮なく言ってください」と添えるだけでも、相手が本当の事情を話しやすくなります。
頼みごとを抱え込むチームのサイン
チームの中で頼みごとが抱え込まれているかどうかは、次のようなサインで気づけます。
- 締め切り直前に問題が見つかる — 途中で相談されていれば、早く手を打てたはずのもの
- 特定の人だけが残業している — 手伝いを頼めず、一人で抱えている可能性がある
- 会議で「大丈夫です」しか返ってこない — 困りごとを口にする場になっていない
- 同じ質問を何人もが別々に調べている — 聞けば数分で済むことに時間を使っている
いずれも、個人の能力ではなく、頼みにくさの問題として見ることができます。
サインに気づいたら、個人を注意するより先に、頼みごとを口にできる場を設けるほうが近道だと考えられます。週に一度の打ち合わせで「手を借りたいこと」を一人ずつ挙げる時間をとる、といった仕組みがあれば、頼むことが特別な行為ではなくなります。
小さな依頼から始める練習
頼みごとをためらう癖は、考え方を変えるだけでは直りにくいものです。実際に頼んでみて、自分の見積もりが外れていたことを体験するのが近道だと考えられます。
- 小さな頼みごとを一つ決める — 5分で済む確認や、資料の場所を尋ねる程度のもの
- 頼む前に、引き受けてもらえる見込みを書き留める — 何割くらいで「いいよ」と言われると思うか
- 断れる余地を残して頼む — 「今日が難しければ明日でも大丈夫です」と添える
- 結果と見積もりを比べる — 予想より引き受けてもらえたかを確かめる
研修でこの練習を取り入れる場合も、目的は承諾の数を増やすことではありません。自分の見積もりがどれだけ悲観に傾いているかを知ることが狙いです。断られた場合は、その理由を責めずに受け取ることも、練習の一部になります。
営業職であれば、既存の顧客への紹介のお願いが練習の題材になります。「ご迷惑でなければ」と前置きしたうえで頼み、引き受けてもらえるかどうかを事前の見積もりと比べてみる。断られても、関係が壊れるわけではないことを体験として知ることが、次の依頼をしやすくします。
まとめ
頼む側は、相手が引き受けてくれる見込みを低く見積もりがちです。Flynn 氏と Lake 氏の研究では最大で50%、Bohns 氏のレビューでは平均48%の過小評価が見られ、その原因は断る側の気まずさを見落とすことにありました。立場を逆にすると、助ける側も頼む側の気まずさを小さく見ています。
頼みごとを抱え込まずに口にすること。同時に、相手が断れる余地を残し、結果にかかわらず礼を言うこと。この二つをセットにすることで、頼む人も頼まれる人も無理をしない関係がつくれます。
参考文献・出典
- Flynn, F. J., & Lake, V. K. B. (2008). If you need help, just ask: Underestimating compliance with direct requests for help. Journal of Personality and Social Psychology, 95(1), 128-143. https://doi.org/10.1037/0022-3514.95.1.128
- Bohns, V. K. (2016). (Mis)Understanding our influence over others: A review of the underestimation-of-compliance effect. Current Directions in Psychological Science, 25(2), 119-123. https://doi.org/10.1177/0963721415628011
- Bohns, V. K., & Flynn, F. J. (2010). “Why didn’t you just ask?” Underestimating the discomfort of help-seeking. Journal of Experimental Social Psychology, 46(2), 402-409. https://doi.org/10.1016/j.jesp.2009.12.015