「電話でも笑顔で」は根拠があるのか
コールセンターや営業の研修では、「電話の相手にも笑顔は伝わる」と教えられることがあります。鏡を机に置いて、自分の表情を確かめながら話す、という職場もあるようです。
一方で、こう感じる人もいるはずです。相手には顔が見えないのだから、笑顔は自分の気分を整えるためのもので、相手には何も届いていないのではないか、と。
この問いには、音声の研究がいくつかの答えを出しています。結論を先に言えば、笑顔は声の響きを変え、聞き手はその違いを聞き分けることができたというのが、研究から見えてくる構図です。さらに、聞き手の顔の筋肉が、本人の気づかないうちに反応していたことも報告されています。
ただし、ここで紹介する研究は海外で行われたもので、日本語の会話を対象にしたものではありません。母音を一つだけ発音した音声を使った実験も含まれます。日本語の電話やオンライン会議に当てはめる部分は、推論として読んでください。また、「笑顔で話せば成約が増える」といった成果を調べた研究ではない点にも注意が必要です。
笑うと声の何が変わるのか — 唇を引くと共鳴の高さが上がる
笑顔をつくると、頬の筋肉が口角を引き上げ、唇が横に引かれます。唇の形は、声の響き方を決める要素の一つです。そのため、笑顔は見た目だけでなく、声そのものも変えると考えられてきました。
声の響きを調べるときに使われるのが、フォルマントという手がかりです。フォルマントは、声の中で特に強く響く周波数の帯のことで、低いほうから第1、第2と数えます。「あ」と「い」が違って聞こえるのも、主にこのフォルマントの位置が違うためです。
Tartter 氏と Braun 氏は、無表情で話した声と、笑顔で話した声を比べました。その結果、笑顔で話すと、第2フォルマントの周波数が上がっていたのです。
つまり笑顔の影響は、声の高さ(音程)だけでなく、声の響きの色合いにも表れます。口の形が変われば響きが変わる。この点が、以下の研究を理解する出発点になります。
聞き手は笑顔の声を聞き分けた
では、声の響きが変わったとして、聞き手はそれに気づけるのでしょうか。
Tartter 氏と Braun 氏は、聞き手にとってなじみのない話し手の声を使い、同じ話し手が無表情で話した声と、表情をつけて話した声を組にして聞かせました。聞き手は、どちらがより楽しそうに聞こえるかを選びます。
結果、聞き手は笑顔で話した声を、無表情の声より楽しそうに聞こえるものとして選ぶことができたのです。これは、Tartter 氏が以前に報告した結果を再現したものでした。
さらにこの研究では、ささやき声でも同じことを確かめています。ささやき声には、声帯の振動による声の高さがほとんどありません。それでも笑顔の声を聞き分けられたということは、聞き手が手がかりにしているのが声の高さだけではないことを示唆しています。
顔の見えない電話でも、話し手の笑顔はまったく伝わらないわけではない。少なくとも実験の条件では、そう言えそうです。
聞き手が頼りにしているのは共鳴の手がかり
聞き手は、声のどの特徴を手がかりに「笑っている」と判断しているのでしょうか。この点を直接調べたのが、Ponsot 氏らの研究です。
同氏らは、「あ」にあたる母音を一つだけ発音した音声を使いました。音声の周波数の特徴を無作為に少しずつ変えた組を何百通りもつくり、聞き手に、それぞれの組でどちらがより笑っているように聞こえるかを答えてもらいました。こうした回答を積み重ねて、聞き手の頭の中にある「笑顔の声」の手本を逆算する手法です。
分析の結果、聞き手は母音のフォルマントを表す、安定した周波数の手がかりを使って判断していました。同氏らは、フォルマントが笑顔の知覚に原因として関わっていることを示した、と述べています。
前の節で見た「笑顔は第2フォルマントを上げる」という話し手側の変化と、「聞き手はフォルマントを手がかりにする」という聞き手側の仕組みが、ここでつながります。ただし、この実験は母音一つの音声で行われたもので、文や会話全体で同じ手がかりが使われているかは、この研究だけでは分かりません。
聞いた人の顔も、気づかないうちに笑顔に動いた
笑顔の声は、聞き手の判断だけでなく、聞き手の体にも作用していました。
Arias 氏らは、唇を横に引いて発声したときの周波数の特徴を、普通の声に再現する音声変換の技術を開発しました。この技術を使えば、話し手の表情は同じまま、声だけを「笑顔の声」にすることができます。
同氏らは、こうして笑顔の特徴を加えた文と加えていない文を聞き手に聞かせ、頬の筋肉(口角を引き上げる大頬骨筋)の動きを測りました。その結果、聞き手の頬の筋肉は、声の中の笑顔の特徴に合わせて反応していました。しかもこの反応は、聞き手が笑顔に意識の上では気づいていないときにも起きていたのです。
見た笑顔をすばやく真似る反応は、人の社会的な認知の中心にある仕組みの一つと考えられてきました。この研究は、同じような反応が声だけでも、本人の気づかないところで起きうることを示しています。ただし、聞き手の気分がよくなったかどうかや、話し手への評価が上がったかどうかは、この研究では測られていません。
しかめ面も声で聞き取られた
声で伝わるのは、笑顔だけではありませんでした。
Tartter 氏と Braun 氏の実験では、聞き手はしかめ面で話した声を、しかめ面の声として正確に選ぶことができ、無表情の声をしかめ面の声より楽しそうだと判断しました。ささやき声でも、しかめ面は聞き取られていました。
音の分析では、無表情の声に比べて、しかめ面の声はフォルマントの周波数が下がり、音節が長くなっていました。笑顔とは逆の方向に、声の響きが変わっていたことになります。
実務に置き換えると、これは見落とされやすい点です。電話の最中に、資料を見ながら眉をひそめていたり、難しい顔で考え込んでいたりすると、その表情も声に乗って相手に届いている可能性があります(推論です)。笑顔をつくる努力より先に、しかめ面のまま話していないかを確かめるほうが、効果が大きい場面もあるでしょう。
作り笑いの声と自然な笑顔の声 — 研究がまだ答えていないこと
ここで気になるのが、「作り笑いでも効果はあるのか」という点です。
今回紹介した研究は、いずれもこの問いに直接は答えていません。Tartter 氏と Braun 氏の実験は、笑顔やしかめ面で話した声を無表情の声と比べたものです。Arias 氏らの実験では、表情ではなく音声変換で笑顔の特徴を加えています。いずれも、内面から自然にわき出た笑顔と、意図してつくった笑顔の声を比べた研究ではありません。
言い換えると、これらの研究が示しているのは、唇を引いたときの声の響きの変化が、聞き手に届くということです。その笑顔が本心からのものかどうかを、聞き手が声から見分けられるかどうかは、本稿の出典の範囲では分かりません。
ですから、「作り笑いは見抜かれるから意味がない」とも、「作り笑いでも同じ効果がある」とも言い切れません。研究の範囲を超えて、どちらかに決めつけないことが大切です。
電話・オンライン会議での使い方
以上を踏まえて、顔の見えない会話で笑顔をどう使うかを考えます。ここで紹介した研究は、電話やオンライン会議の場面そのものを調べたものではないため、以下は研究から導いた実践の提案です。
- 第一声の前に口元を整える — 笑顔は口の形の変化として声に乗ります。話し始めてから表情をつくるより、受話器を取る前、マイクをオンにする前に口元を緩めておくほうが、最初の一言から響きに反映されやすいと考えられます。
- しかめ面に気づく仕組みをつくる — 前の節のとおり、しかめ面も声で聞き取られました。画面や資料に集中すると表情は険しくなりがちです。手元に小さな鏡を置く、カメラをオフにした会議でも自分の映像を確かめる、といった工夫が役に立ちます。
- 内容に合わない笑顔は控える — お詫びや深刻な報告の場面で笑顔の響きが乗ると、軽く受け取られるおそれがあります。笑顔は常に足すものではなく、場面に合わせて選ぶものです。
- 録音して聞き比べる — 同じ文を、無表情と笑顔で一度ずつ録音し、自分で聞き比べてみると、響きの違いが分かりやすくなります。
声の印象を決めるのは、笑顔だけではありません。声の高さや抑揚が印象に与える影響は「声のトーンが印象を変える理由」で、対面での表情や語尾の使い方は「「感じがいい人」の話し方を分解する」で扱っています。
笑顔のまま話すと聞き取りにくくなる母音
最後に、笑顔で話すときの注意点を一つ挙げます。
Tartter 氏と Braun 氏の実験では、唇を丸めて発音する母音では、しかめ面の聞き分けと、どちらが楽しそうかの判断が、はっきり悪くなっていました。同氏らは、聞き手が唇の突き出し具合を声から読み取って判断しているのではないか、と考察しています。この結果はしかめ面を扱った実験で得られたもので、笑顔の声にも同じことが言えるかは推論になります。
日本語でいえば、「う」や「お」のように唇を丸める母音がこれに近いと考えられます(推論です)。唇を丸める母音では、笑顔による唇の横への引きが目立ちにくく、笑顔の響きが声に表れにくい可能性があります。
だからといって、笑顔の形で口元を固定したまま話すのはおすすめできません。母音ごとの口の形が崩れると、言葉そのものが聞き取りにくくなるからです。口角や唇の形と母音の聞き取りやすさの関係は、「「口を大きく開けて」が、半分しか正しくない理由」で詳しく解説しています。笑顔は表情として保ちつつ、母音ごとの口の動きは崩さない、という両立を目指すとよいでしょう。
まとめ
音声の研究は、笑顔が声の第2フォルマントを上げること、聞き手が笑顔の声を聞き分けられること、聞き手がフォルマントを手がかりにしていること、そして笑顔の声を聞いた人の頬の筋肉が、気づかないうちに反応することを示してきました。しかめ面もまた、声で聞き取られていました。
研究は海外の音声と母音単体の実験を含み、日本語の電話やオンライン会議に当てはめた部分は推論です。それでも、顔が見えない会話でも、表情は声の響きとして相手に届いていると考えて話すことは、相手に安心を伝える一つの手がかりになります。
参考文献・出典
- Tartter, V. C., & Braun, D. (1994). Hearing smiles and frowns in normal and whisper registers. The Journal of the Acoustical Society of America, 96(4), 2101-2107. https://doi.org/10.1121/1.410151
- Ponsot, E., Arias, P., & Aucouturier, J.-J. (2018). Uncovering mental representations of smiled speech using reverse correlation. The Journal of the Acoustical Society of America, 143(1), EL19-EL24. https://doi.org/10.1121/1.5020989
- Arias, P., Belin, P., & Aucouturier, J.-J. (2018). Auditory smiles trigger unconscious facial imitation. Current Biology, 28(14), R782-R783. https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.05.084