謙遜は、どこでも美徳ではない

海外の会議で日本側の登壇者が最初に発した一文が、通訳を通した瞬間に会場の空気を変えてしまう。そういう場面があります。内容は「本日は準備が十分ではないかもしれませんが」という、日本ではごく普通の前置きです。

日本語の場では、この一文は場を和らげる働きをします。聞き手は「謙遜だな」と理解し、話者への好意すら生まれます。ところが同じ内容を、そうした含みを共有しない相手に向けて言うと、字義どおりに受け取られます。準備が十分でない人が、これから15分間話す。そう宣言したことになります。

謙遜そのものが悪いわけではありません。問題は、それを冒頭という、聞き手が話者の評価を組み立てはじめる位置に置いていることです。

なお、実際に自社に非があるときの謝罪の作法は世界のリーダーの「謝罪」の作法で扱っています。この記事が扱うのは、その逆です。何も起きていないのに謝ってしまう癖のほうです。

「至らぬ点もございますが」が伝えるもの

日本語の定型句が生まれた背景には、自分を低く置くことが場の調和につながるという考え方があります。この傾向は文化心理学でも検討されてきました。ハイネ氏らは、自分を肯定的に見ようとする動機がどの文化でも同じように働くのかを検討し、日本人参加者の研究では自己批判的な自己評価が広く見られることを報告しています。自己を高く見せる方向の動機が普遍とは言えない、という指摘です。

つまり日本語の「至らぬ点もございますが」は、話者が本当に力不足だと考えているという意味ではありません。その場の関係を優先するという合図です。日本語話者どうしであれば、この合図は正しく解読されます。

問題は、合図として読む前提が共有されていないときです。合図が読めなければ、残るのは文の内容だけになります。「準備が足りない」「うまく話せない」という自己申告が、そのまま情報として登録されてしまいます。

冒頭で信頼を落とす3つの型

日本語の登壇でよく使われ、国際の場では損になりやすい冒頭は、おおむね次の3つに分かれます。

  1. 謝罪 — 何も起きていないのに「すみません」から入る
  2. 予防線 — うまくいかなかったときの言い訳を先に置く
  3. 自己卑下 — 自分の経歴や資格を実際より小さく見せる
冒頭で信頼を落とす3つの型 — 謝罪は何も起きていないのに謝る、予防線は言い訳を先に置く、自己卑下は経歴を小さく見せる、という3点を示す図
図|冒頭で信頼を落とす3つの型
冒頭で言いがちなこと聞き手に残るもの
謝罪お時間をいただいて恐縮ですこの人は負い目を感じている
予防線うまく話せるか分かりませんが期待しなくてよい話らしい
自己卑下専門家ではないのですが聞く価値の判断がつかない

3つとも、話者の意図は「場への配慮」です。しかし冒頭は、聞き手が話者を値踏みしている時間帯でもあります。配慮の表現が、そのまま評価の材料として使われてしまいます。

謝罪 — 何も起きていないのに謝る

日本語の「すみません」は謝罪だけの語ではありません。感謝にも、呼びかけにも使われます。この幅の広さが、英語などに置き換えたときに落とし穴になります。感謝のつもりで言った一言が、非を認めた表明として記録されることがあります。

ただし、謝罪の言葉が常に不利に働くわけではありません。ブルックス氏らは、自分に責任のない出来事について述べる「余計な謝罪」の効果を調べ、雨の日に見知らぬ相手へ「あいにくの雨で恐縮ですが」と声をかけてから携帯電話を借りようとすると、そう言わない場合より貸してもらえる割合が高いことを報告しています。相手の状況への共感を示す働きがあり、信頼を高めうるという結果です。

この2つは、同じ「すみません」でも向いている方向が違います。相手の不都合に触れる謝罪は共感として働きます。一方、自分がこれから話すこと自体を詫びる謝罪は、共感ではなく自己評価の申告になります。冒頭で避けたいのは後者だけです。

予防線 — 「うまく話せませんが」が期待を下げる

3つのなかで、実務上いちばん高くつくのが予防線です。「不慣れなもので」「急な依頼でしたので」といった一文は、失敗したときの逃げ道を先に用意する行為にあたります。

社会心理学では、この構えは自己ハンディキャッピングとして知られています。ジョーンズ氏とバーグラス氏は、成果が出なかったときに能力以外の要因へ原因を帰属できるよう、あらかじめ不利な条件を自分に課す行動を論じました。うまくいかなくても能力のせいにされずに済む、という防衛です。

守れるのは自尊心ですが、代わりに差し出しているものがあります。話の受け取られ方です。話し方の特徴と印象の関係を調べた古典的な研究では、ためらいや保険をかける言い回しを多く含む話し方は、同じ内容を明確に述べた場合より、信用度や有能さの評価が低くなることが示されています。エリクソン氏らは法廷を模した状況でこれを確認しました。

つまり予防線は、まだ何も起きていない段階で、聞き手の期待値だけを下げる働きをします。しかも実際にうまく話せた場合、その予防線は回収されないまま残ります。「不慣れだと言っていたが、話は分かりやすかった」という評価は、話の内容そのものへの評価より、話者の自己認識のずれとして記憶されます。

伝えたい事情が本当にあるときは、冒頭ではなく該当箇所で述べれば足ります。データの一部が未確定なら、その数字を出す場面で「ここは速報値です」と補う。そのほうが正確で、全体の信頼は下がりません。

自己卑下 — 経歴を小さく見せる

三つ目は、自分の立場や実績を実際より小さく述べてしまう型です。「専門家というわけではないのですが」「たまたま担当しているだけで」といった言い方が該当します。

登壇者の経歴は、聞き手にとって話をどの重みで受け取るかを決める情報です。そこを自分から値引きすると、聞き手は判断の基準を失います。主催者が紹介した肩書きと、本人の自己申告が食い違えば、聞き手はどちらを信じてよいか分からなくなります。

この型は、質疑応答の場面で特に響きます。冒頭で「専門ではない」と述べた人が、後半で踏み込んだ判断を示すと、一貫性のなさとして受け取られます。逆に冒頭で立場を明確にしておけば、答えられない質問に「その領域は専門外なので確認して回答します」と言っても、信頼は損なわれません。限定は、必要になった場面で個別に置くほうが機能します

謙虚さと自己卑下は違う

ここまで読むと、堂々と振る舞えという話に聞こえるかもしれません。そうではありません。謙虚さは国際の場でも評価されます。区別すべきなのは、何について謙虚であるかです。

対人評価の研究では、人が他者を判断するとき、大きく2つの軸が使われることが繰り返し指摘されています。フィスク氏らは、相手が自分に対してどういう意図を持つかという軸と、その意図を実行する力があるかという軸を、社会的認知の基本次元として整理しました。日本語でいえば、温かさと有能さにあたります。

この整理を借りると、両者の違いは説明しやすくなります。謙虚さは、相手や他者の貢献を認める姿勢として表れます。自己卑下は、自分の能力を値引きする申告です。前者は温かさを示し、後者は有能さだけを削ります。両方を保ちたいなら、下げる対象を自分の能力から、他者への敬意に振り替えればよいことになります。

具体的には、「私はまだ未熟ですが」ではなく「この分野には長く取り組んできた方々がいます。今日はその一部を共有します」と述べる。謙虚さは残り、有能さは削られません。

世界で使われる冒頭の置き換え

では、冒頭の数十秒に何を置けばよいのでしょうか。国際的な場でよく使われるのは、次のような型です。

  • 感謝 — 詫びではなく礼を述べる。「お時間をいただき恐縮です」を「今日この場に呼んでいただき感謝します」に変える
  • 目的 — この15分で聞き手が何を持ち帰れるかを先に示す
  • 資格 — なぜ自分がこの話をするのかを一文で述べる。実績の列挙ではなく、関わってきた事実で足りる
  • 約束 — 質疑の時間を確保する、結論を先に述べる、といった進め方を宣言する

どれも自慢ではありません。聞き手が話を受け取る準備をするために必要な情報を、順に渡しているだけです。冒頭の型そのものについては世界の名スピーチに共通する冒頭の型でも扱っています。

日本国内でも損をする場面

この話は、海外での登壇に限りません。日本国内でも、予防線が不利に働く場面は増えています。

たとえば経営会議での提案です。「まだ粗い案なのですが」と切り出した提案は、内容が精緻であっても、たたき台として扱われます。社外向けの説明会も同様です。「不慣れなもので」と述べた広報担当者の説明は、内容の正確さとは別に、組織の準備不足として報じられることがあります。

日本語の場でも、聞き手が「謙遜だ」と解釈してくれる保証はありません。相手が初対面のとき、オンラインで表情が読み取りにくいとき、議事録として文字だけが残るとき。こうした条件では、合図は合図として届かず、内容だけが残ります。

そのまま使える言い換え例

最後に、実際の言い換えを挙げます。左が避けたい冒頭、右が置き換えです。

避けたい冒頭置き換え
至らぬ点もございますが今日は3点に絞ってお話しします
うまく話せるか分かりませんが分かりにくいところは、途中でも止めてください
専門家ではないのですが現場で3年この課題に取り組んできました
お忙しいところ恐縮ですお集まりいただき、ありがとうございます
資料が間に合わず申し訳ありません資料は本日中にお送りします

共通しているのは、下げる代わりに、渡すという構えです。自己評価を値引きするのではなく、聞き手が使える情報を渡す。時間の使い方、質問の仕方、資料が届く時期。そのほうが、聞き手にとって実用的です。

自分の冒頭を点検するには、直近の登壇の最初の30秒だけを書き起こしてみてください。謝罪・予防線・自己卑下のいずれかが入っていれば、上の表の形に置き換えられます。

まとめ

日本の登壇で礼儀として機能してきた冒頭の一文は、その含みを共有しない相手には、字義どおりの自己申告として届きます。損をしやすいのは、謝罪、予防線、自己卑下の三つです。

避けるべきなのは謙虚さではなく、自分の能力を値引きする申告のほうです。感謝、目的、資格、約束を冒頭に置けば、謙虚さを保ったまま、聞き手が話を受け取る準備を整えられます。次の登壇の最初の30秒を書き出すところから、始められます。

参考文献・出典

本記事で触れた研究・一次情報は以下のとおりです。

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