話し方研修は、新人だけのものではない

日本の多くの企業で、話し方の研修は入社直後に集中します。名刺交換、電話応対、報連相。そこを過ぎると、話し方を体系的に習う機会はほとんど訪れません。管理職研修でも経営層向けのプログラムでも、扱われるのは戦略や財務であって、話し方そのものではないことが普通です。

世界の企業では、この配分が逆に近くなります。Lacerenza 氏らのメタ分析は、組織の研修予算の多くがリーダー層向けの訓練に配分されている一方で、自社のリーダー育成プログラムが高い効果を上げていると考えている組織はごく少数にとどまるという状況を出発点に置いています。投資はしている。しかし手応えがない。だから設計が問われる、という順序です。

この記事が扱うのは、その設計の全体像です。誰に、どれだけ話させ、何をもって効果を測るか。個別の各論は本文中から関連記事へつなぎます。

なぜ世界の企業は継続的に投資するのか

前提として、企業内訓練は平均的には効きます。Arthur 氏らは組織における訓練の効果を統合し、受講者の反応で 0.60、学習で 0.63、行動で 0.62、業績で 0.62 という効果量を報告しました。研修という手段そのものは、中程度から大きい効果を持つと言える水準です。

ただし同じ分析は、訓練の方法、扱うスキルや課題の性質、どの基準で評価するかによって効果が変わることも示しています。論点は「研修は効くのか」ではなく、「どう設計すれば効くのか」に移ります。世界の企業が投資を続けているのは、この設計を回し続けているからです。

話し方は、その中でも扱いの難しいテーマに入ります。操作手順のように正解が一つに決まらず、成果が出るのが現場に戻った後になるためです。設計が甘いと、受講直後の満足度だけが高い研修になります。

機能する研修の3条件

各国の企業の実践と、訓練効果の研究が一致して指し示す条件は、次の3つに整理できます。

  1. 対象 — 階層ごとに求める話し方を分けて設計する
  2. 実践量 — 座学ではなく、実際に話す時間を確保する
  3. 測定 — 満足度ではなく、現場での行動で効果を見る
機能する話し方研修の3条件 — 対象は階層ごとに求める話し方を分ける、実践量は座学より話す時間を確保する、測定は満足度ではなく現場の行動で見る、という3点を示す図
図|機能する話し方研修の3条件

3つは独立していません。対象を絞れば実践量を確保でき、実践量があって初めて行動が測れます。順に見ていきます。

対象 — 階層ごとに求める話し方が違う

同じ「話し方研修」という名前でも、階層によって求められる中身は別物です。

  • 新人 — 事実と判断を混ぜず、結論から過不足なく伝える
  • 管理職 — 相手から引き出し、要約して返し、次の行動へつなげる
  • 経営層 — 立場を明示し、決めた理由を自分の言葉で背負う

新人に「立場を取れ」と求めても判断の材料がなく、経営層に名刺交換を教えても意味がありません。全社一律の話し方研修が手応えを欠くのは、内容が悪いからではなく、対象が混ざっているからである場合が少なくありません。

対象を切り分ける利点はもう一つあります。受講者の実務課題が揃うので、演習で使う場面を具体的にできることです。この具体性が、次の実践量の質を直接決めます。

どの階層から着手するかは、役職の高さではなく詰まりの大きさで決めます。会議で結論が出ない、指示が伝わらず手戻りが起きる、社外への説明で質問が続かない。直近数か月の会議体を振り返り、こうした不具合がどの階層に集中しているかを見ます。全階層へ薄く配るより、詰まっている一層を厚く扱うほうが変化が見えます。

実践量 — 座学より話す時間を確保する

話し方は知識ではないので、聞いている時間の長さは効果に結びつきません。Lacerenza 氏らのメタ分析は、リーダー訓練が効果を上げる条件として、事前のニーズ分析、フィードバック、複数の手法の併用(とりわけ実践を含めること)、期間を空けた複数回の実施、現地開催であること、自習形式ではない対面での実施を挙げています。「一日集めて講義する」という形は、この条件のほとんどを外します。

実践の中身にも差があります。Taylor 氏らは行動モデリング訓練の研究を統合し、受講者自身が作った場面で練習したとき、目標を設定したとき、そして受講者の上司も訓練を受けていたときに、現場への転移が大きくなることを報告しました。既製のロールプレイ台本ではなく、来週の会議で実際に話す内容を持ち込ませる。この違いが効きます。

時間配分を具体化しておくと、設計のぶれが減ります。90分を3回に分ける形であれば、講義に充てるのは各回の冒頭20分までです。残りは全員が話し、その場で指摘を受ける時間に使います。1回あたり一人が話す時間が5分を下回ると、練習と呼べる量になりません。受講人数の上限は、この逆算から決まります。

練習が単発で終わらない仕組みそのものはトーストマスターズに学ぶ、練習が続く仕組みで、練習させる中身は世界のスピーチ教育は何を「練習」させるのかで扱っています。

測定 — 満足度ではなく行動で測る

研修の効果は、いくつかの層に分かれます。Arthur 氏らが用いた区分は、受講者の反応、学習、行動、業績の4つでした。効果量はどの層でもおおむね同水準でしたが、経営判断で意味を持つのは後ろの2つです。

にもかかわらず、社内で集まるのはたいてい反応の数値です。アンケートは当日その場で回収でき、集計が容易で、数字も良く出ます。行動は現場に戻った後にしか観察できず、手間がかかります。測りやすさと重要度が逆になっている、ということです。

行動指標は、数えられる形に落としておきます。たとえば次のような形です。

  • 会議で、指名される前に自分から発言した回数
  • 報告の冒頭を結論から始めた割合
  • 部下との面談で、上司が話していた時間の比率

いずれも本人の申告を挟まずに観察できます。研修の前と3か月後に同じ指標を取れば、変化があったかどうかは判断がつきます。

行動で測ると決めた時点で、研修の設計も変わります。「何ができるようになれば成功か」を先に言葉にしなければ、観察のしようがないからです。測定の具体的な組み方は話し方研修の効果を測る方法で扱っています。

経営層向けの設計

経営層は、研修設計上もっとも難しい対象です。時間が取れず、人前で練習することへの抵抗があり、そして率直なフィードバックが届かなくなっているからです。

前掲のメタ分析でフィードバックが効果を高める要因として挙がっていたことは、この層でこそ重い意味を持ちます。日常の中で指摘が枯れている以上、研修の場が実質的に唯一の修正機会になります。したがって設計は、短時間・少人数・実案件・第三者からの指摘という形に寄せることになります。

指摘役を誰が務めるかも設計事項です。社内の人間は利害関係を持つため、どうしても言い方が丸くなります。外部を入れる意味は、遠慮のない観察を確保することにあります。

題材も架空のものではなく、直近に控えている株主向け説明や社内アナウンスを使います。経営層に求められる話し方そのものは海外の取締役会で重視される「簡潔さ」で扱っています。

管理職・新人向けの設計

管理職と新人は、必要な設計が対照的です。

新人は、標準化が効きます。伝える型が定まっていないので、共通のカリキュラムで土台をつくるほうが速い。内容は新人研修の「伝える力」標準カリキュラムにまとめています。

管理職は逆に、話す訓練だけでは足りません。求められるのは引き出して整理する側の技術で、ここが抜けたまま伝え方だけを鍛えると、部下から情報が上がらない状態が固定します。管理職研修で外しがちな「聞く力」で詳しく扱いました。

研修が現場で使われない理由

研修が現場で使われるかどうかは、研修の中身だけでは決まりません。Blume 氏らは転移に関する89件の研究を統合し、認知能力・誠実性・動機づけ、そして支援的な職場環境が転移と正の関係にあることを確認しました。

さらに重要なのは、その関係の強さが訓練内容によって変わる点です。同じ分析は、リーダーシップ開発のように答えが一つに決まらない「開かれたスキル」では、ソフトウェア操作のような「閉じたスキル」に比べ、動機づけや職場環境と転移の結びつきが強くなることを示しました。話し方は、この開かれたスキルの側にあります。

つまり話し方研修は、職場環境の影響を受けやすい種類の研修です。研修当日をどれだけ磨いても、戻った職場に発言の場がなければ定着しません。前掲の Taylor 氏らの分析で、上司も訓練を受けていたときに転移が大きかったことも同じ方向を指しています。

したがって設計の一部は、研修の外側に置くことになります。受講後に話す場が予定に入っているか、上司が同じ観点で部下の話し方を見ているか、話し方について互いに指摘し合うことが許容されているか。この3つが揃わない職場へ受講者を戻すと、研修中にできたことは数週間で元へ戻ります。

受講後の運用は研修を「やりっぱなし」にしない仕組みで扱っています。

導入の順序

すべてを一度に整えることはできません。順序を付けるなら、次のようになります。

順序やること判断の材料
1対象を1階層に絞るどの階層の話し方が今いちばん詰まっているか
2増やしたい行動を1つ決める会議で最初に意見を言う、など観察できる形か
3実践中心で複数回に分ける講義の比率を半分以下にできているか
4上司を巻き込む受講者の上司が同じ言葉を使えるか
5行動で見る3か月後にその階層で変化があるか

5まで進むと、その階層について効いた条件と効かなかった条件が実例として残ります。次の階層は、その実例をもとに設計できます。

全社展開は、この一巡が回ってからで十分です。最初から全階層へ配ると、どの条件が効いたのかが分からなくなります。

まとめ

世界の企業が話し方に投資を続けているのは、研修が万能だからではなく、設計次第で結果が変わることを知っているからです。

条件は、対象・実践量・測定の3つです。階層で求める話し方を分け、聞く時間より話す時間を確保し、満足度ではなく現場の行動で見る。研究が一致して示しているのは、実践を含む複数手法・期間を空けた複数回・フィードバック・上司の関与という要素でした。

そして話し方は、職場環境の影響を受けやすいスキルです。研修の一日を磨くことより、戻った職場に話す機会があるかどうかのほうが、結果を大きく左右します。

参考文献・出典

本記事で触れた研究・一次情報は以下のとおりです。

  • Lacerenza, C. N., Reyes, D. L., Marlow, S. L., Joseph, D. L., & Salas, E. (2017). Leadership training design, delivery, and implementation: A meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 102(12), 1686-1718. https://doi.org/10.1037/apl0000241
  • Arthur, W., Jr., Bennett, W., Jr., Edens, P. S., & Bell, S. T. (2003). Effectiveness of training in organizations: A meta-analysis of design and evaluation features. Journal of Applied Psychology, 88(2), 234-245. https://doi.org/10.1037/0021-9010.88.2.234
  • Blume, B. D., Ford, J. K., Baldwin, T. T., & Huang, J. L. (2010). Transfer of Training: A Meta-Analytic Review. Journal of Management, 36(4), 1065-1105. https://doi.org/10.1177/0149206309352880
  • Taylor, P. J., Russ-Eft, D. F., & Chan, D. W. L. (2005). A Meta-Analytic Review of Behavior Modeling Training. Journal of Applied Psychology, 90(4), 692-709. https://doi.org/10.1037/0021-9010.90.4.692