スピーチの良し悪しは、聞けばなんとなく分かります。けれども「なんとなく」のままでは、話し手に伝わるのは評価の結論だけで、理由は伝わりません。講評が感想で終わるのは、講評する人の能力の問題というより、見るべき観点が言葉になっていないことの問題です。
米国の大学では、スピーチを含む学生の力を、観点と段階を言葉で書き出した評価表で確かめる取り組みが続いてきました。この評価表をルーブリックと呼びます。本記事では、スピーチ用のルーブリックを開発・検証した研究と、全米の大学の教員が作成した口頭コミュニケーションの基準を取り上げます。
紹介するのはいずれも大学の授業や教育評価の文脈で作られたものです。社内研修への適用は、そこからの推論であることを先にお断りしておきます。
「よかった」「緊張していた」で終わる講評
研修の講評でよく聞く言葉を並べてみると、その多くが印象の要約です。「分かりやすかった」「堂々としていた」「緊張が伝わってきた」。どれも間違いではありませんが、話し手が次の練習で何を変えればよいのかは示していません。
印象の言葉には、もう一つの弱点があります。講評する人によって、同じ発表への評価がばらばらになることです。ある人は「結論が明確だった」と言い、別の人は「話が長かった」と言う。どちらも正しいかもしれませんが、観点がそろっていないので、話し手はどちらを優先すればよいか分かりません。
研修の効果を全体としてどう測るかは、話し方研修の効果を測る方法で扱いました。本記事が扱うのは、その手前にある一回のスピーチを、何を見て評価するかです。
米国の大学で使われるスピーチの評価基準
ルーブリックとは、評価の観点を縦に、達成の段階を横に並べ、各マスに「その段階では何ができているか」を文章で書き込んだ評価表です。点数だけを付ける採点表とは違い、なぜその段階なのかを言葉で示せることに特徴があります。
Schreiber 氏らは2012年、スピーチ用のルーブリックを開発した研究の冒頭で、その背景を説明しています。大学の授業に説明責任がより強く求められるようになり、スピーチを含む学生の力を効果的に評価できる新しい世代のルーブリックが求められていた、というものです。
専門外の人にも読める11項目の基準
Schreiber 氏らが開発したのは、Public Speaking Competence Rubric(PSCR)と呼ばれる11項目の記述式ルーブリックです。設計の狙いとして挙げられているのは、コミュニケーション学の専門家だけでなく、専門外の人にも理解できる言葉で書かれていることでした。
この狙いは、社内研修にとって重要です。研修の講評は、話し方の専門家ではない上司や同僚が担うことが多いからです。専門用語で書かれた評価表は、講評する人が読み解けなければ使われません。
11項目の具体的な中身は本稿では立ち入りません。社内で評価表をつくるときの出発点としては、図のように話の内容と話し方に観点を分け、それぞれを段階の言葉で書くという骨組みで足ります。これは研究の項目そのものではなく、本稿が実務向けに整理した枠組みです。
項目を段階の言葉で書く理由
ルーブリックの各マスに文章を書くのは手間がかかります。それでも段階を言葉で書く理由は、評価がそのまま次の行動の指示になるからです。
たとえば「結論の示し方」という観点で、段階を次のように書いたとします。
- まだ不十分 — 結論が最後まで明示されない
- 基準に達している — 結論は示されるが、冒頭ではなく後半に出てくる
- 十分にできている — 冒頭で結論を示し、最後にもう一度言い直している
この形なら、「基準に達している」と評価された話し手は、次に何をすれば一段上がるのかを自分で読み取れます。点数では伝わらない「次の一歩」が、段階の言葉には書かれているのです。
評価者の間でぶれない基準をつくる
段階を言葉で書いても、読み方が人によって違えば評価はそろいません。Schreiber 氏らの研究は、この点を確かめる手順も示しています。
最初の研究では、5名の評価者が45本のスピーチを評価しました。その結果、11項目のうち2つの項目は表現を明確にする必要があることが分かりました。続く研究では、学部生3名とコミュニケーション学の教員1名が50本のスピーチを評価し、項目はより単純な3つのまとまりに整理されました。さらに、ルーブリックの得点は学生のスピーチの成績とも対応していました。
ここから読み取れるのは、評価表は一度つくって終わりではなく、複数の人で実際に使い、解釈が割れた項目を書き直すものだということです。評価者に学部生が含まれていた点も見逃せません。言葉が明確であれば、専門家でなくても評価に加われることを示唆しています。
評価にかかる手間の面から改良を試みた研究もあります。Thomson 氏と Rucker 氏は2002年、既存のスピーチ評価の様式に代わるものとして、評価者が素早く判断できる専用の評価尺度を作り、その信頼性を検証しました。評価者が自信を持って、より速く判断できるよう助けるものだと述べています。研修の現場では、講評に使える時間が限られています。項目を絞り、短時間で付けられる形にすることも、基準を使い続けるための条件です。
全米の大学の教員がつくった口頭コミュニケーションの基準
個々の研究とは別に、全米で共有されている基準もあります。米国の大学協会である AAC&U(American Association of Colleges and Universities)は、口頭コミュニケーションを含む16の学習成果について、VALUE ルーブリックと呼ばれる評価基準を公開しています。
AAC&U の説明によれば、このルーブリックは全米の大学を代表する教員の専門家チームが、各大学で使われていた既存のルーブリックや関連文書を検討し、さらに教員からの意見を取り入れて作成したものです。各学習成果の基本となる基準を示し、段階が上がるにつれてより高度な達成の姿を記述しています。
また、ルーブリックが示す中核の期待は、個々の大学や分野、授業の言葉に置き換えて使うことができ、またそうすべきだとされています。共通の基準をそのまま押しつけるのではなく、現場の言葉に翻訳して使う前提で作られているのです。
点を付けるためではなく、学びを話し合うための基準
VALUE ルーブリックについて、AAC&U は用途をはっきり限定しています。機関の単位で学生の学びを評価し、話し合うためのもので、成績を付けるためのものではない、というものです。全米の大学が学びの証拠を共通の対話と理解のもとで共有できるようにすることに、その意義があると説明されています。
つまり、米国の大学がこの基準で学生のスピーチに成績を付けている、ということではありません。共通の基準は、何ができていれば学びが進んだと言えるのかを、教員どうしが同じ言葉で話し合うための道具として位置づけられています。
評価基準を学びのために使うことについては、研究の蓄積もあります。Panadero 氏と Jonsson 氏は2013年、ルーブリックを成績付けではなく学びの途中で使う研究21本を検討しました。その結果、ルーブリックには学習や、学習者が自分の学びを調整する力に良い影響を与える可能性がある一方、その効果は使い方によって変わり、効果を左右する要因がいくつもあると報告しています。
社内研修の講評に使う
ここからは研究の外の、実務への持ち込み方です。社内研修で評価基準を使うなら、次の順番が扱いやすいでしょう。
- 観点を4〜6個に絞る — 研修の目標に関係する観点だけを選ぶ。全部を見ようとすると講評が散らばる
- 各観点を3段階の言葉で書く — 「まだ不十分」「基準に達している」「十分にできている」の姿を一文ずつ
- 講評者どうしで試しに使う — 録画した発表を同じ基準で評価し、判断が割れた項目の言葉を直す
- 講評は段階と根拠をセットで返す — 「結論の示し方は基準に達している。冒頭ではなく3分後に出てきたため」
- 次の練習で上げる観点を一つ決める — すべてを一度に直そうとしない
3番目は、Schreiber 氏らの研究で項目を書き直した手順を、研修に置き換えたものです。講評者が複数いる研修ほど、この一度の擦り合わせが効きます。
評価者の役割を分けて観点を固定する方法は、世界のスピーチ教育は何を「練習」させるのかで扱いました。評価基準は、その役割分担に共通の物差しを与えるものと考えられます。指摘の伝え方そのものは、フィードバックが刺さる時、刺さらない時が参考になります。
自己評価に使う
評価基準は、講評する人だけの道具ではありません。話し手が本番の前に基準を読み、練習の録画を自分で評価することにも使えます。
自己評価で使うときは、次の点に気をつけます。
- 基準は研修の前に渡す — 評価の観点を知ってから準備すれば、練習の焦点が定まる
- 録画を見て段階を付ける — 話している最中の感覚ではなく、記録を基準と照らし合わせる
- 他者の評価と比べる — 自己評価と講評がずれた観点こそ、自分では気づきにくい癖がある
Panadero 氏と Jonsson 氏の検討でも、効果は使い方によって変わるとされていました。基準を配るだけで終わらせず、自分で付けてみて、他者の評価と比べるところまでを研修の手順に組み込むことが大切です。
まとめ
スピーチの講評が感想で終わるのは、見るべき観点が言葉になっていないからです。米国の大学では、観点と段階を言葉で書いたルーブリックが研究され、専門外の人にも読める言葉で書くこと、評価者が実際に使って書き直すこと、短時間で判断できる形にすることが確かめられてきました。
全米の大学の教員がつくった VALUE ルーブリックは、成績を付けるためではなく、学びを同じ言葉で話し合うための基準として公開されています。社内研修でも、観点を絞り、段階を言葉で書き、講評者で擦り合わせ、話し手自身の評価にも使う。この順番が、講評を次の練習につなげる手がかりになります。
参考文献・出典
- Schreiber, L. M., Paul, G. D., & Shibley, L. R. (2012). The development and test of the public speaking competence rubric. Communication Education, 61(3), 205-233. https://doi.org/10.1080/03634523.2012.670709
- Thomson, S., & Rucker, M. L. (2002). The development of a specialized public speaking competency scale: Test of reliability. Communication Research Reports, 19(1), 18-28. https://doi.org/10.1080/08824090209384828
- Panadero, E., & Jonsson, A. (2013). The use of scoring rubrics for formative assessment purposes revisited: A review. Educational Research Review, 9, 129-144. https://doi.org/10.1016/j.edurev.2013.01.002
- Association of American Colleges and Universities. (n.d.). VALUE rubrics — Oral communication. https://www.aacu.org/initiatives/value-initiative/value-rubrics/value-rubrics-oral-communication