沈黙の意味は、国によって違う

海外拠点との会議で、議長が一人ずつ意見を求めていく。自分の番が来て、「特にありません」と答える。日本の会議なら、無難で角の立たない返答です。

ところが、同じ言葉が国際的な場では別の意味を持ちます。読まれるのは「同意」ではなく、資料を読んでいない、考えていない、あるいは責任を引き受ける気がない、のいずれかです。

沈黙の解釈が文化によって異なることは、研究でも扱われてきました。Nakane 氏は、オーストラリアの大学セミナーにおける日本人留学生の沈黙を観察と面接から分析し、その沈黙が対面配慮(ポライトネス)の方略として働いている一方で、講師や他の学生からは別の意味に受け取られうることを論じています。同じ沈黙が、送り手の側では配慮、受け手の側では不参加として処理されるという非対称が起きます。

この記事が扱うのは、発言する側の準備です。発言しやすい場を組織としてつくる話はグローバル企業が重視する心理的安全性、質問という行為そのものは会議で質問しないことは、失礼ではないのかで扱っています。またリーダーが意図的に黙って相手の思考を待つ技術はリーダーの沈黙は、なぜ重要なのかで扱っており、本稿はそれとは逆に、求められて答えられない側の問題を扱います。

「特にありません」が伝えてしまうこと

黙っている理由は、実際には一つではありません。Van Dyne らは、従業員の沈黙を「発言の欠如」として一括りにせず、諦めからくる沈黙、自己防衛からくる沈黙、相手や組織への配慮からくる沈黙を区別して整理しました。動機はまったく違うのに、外から見える形はどれも同じ「何も言わない」です。

つまり、黙っている本人がどれだけ考えていても、その事実は場に伝わりません。受け手は動機を推測するしかなく、推測は多くの場合、本人に不利な方向へ働きます。

言わない理由が本人なりに合理的であることも分かっています。Milliken 氏らは、従業員が上司に伝えずにいる事柄とその理由を面接調査で洗い出し、最も多く挙がった理由が、否定的に見られることや関係が悪化することへの懸念だったと報告しています。黙るという選択は、本人にとって自然な自己防衛です。

問題は、その自己防衛が国際的な場では割に合わないことです。日本の会議で議事録に残るのは決定事項であり、誰が何も言わなかったかは書かれません。沈黙のコストは、後工程での手戻りという形で、本人と結びつかないまま支払われます。一方、一人ずつ順に意見を求める形式や、参加者ごとの発言を要約して共有する運用では、答えられなかったという事実がその場で全員に見え、記録にも残ります。沈黙が可視化されるかどうかが、日本と国際の場で最も違う点です。

意見を持つための3段階

意見を用意するとは、完成した結論を持つことではありません。次の3段階で足ります。

  1. 立場 — 賛成か反対か、どちらに寄っているかを決める
  2. 理由 — なぜそう考えるかを一つ用意する
  3. 条件 — どうなれば考えを変えるかを言えるようにする
意見を持つための3段階 — 立場は賛成か反対かを決める、理由はなぜそう考えるかを一つ用意する、条件はどうなれば考えを変えるかを示す、という3点を示す図
図|意見を持つための3段階

3つとも、会議前に資料を読みながら数分で書けます。難しいのは考えることではなく、考えた結果を持ち込む習慣です。

立場 — まず賛成か反対かを決める

最初にやることは、賛成か反対かを自分の中で決めておくことです。中立のまま会議に入ると、その場の空気に引っ張られます。

この効果は実験でも確認されています。Tetlock 氏らは、自分の考えをまとめる前に相手の立場を知らされた参加者が、その立場に寄った意見を述べる傾向を示す一方、先に自分の立場を決めていた参加者にはその寄りが見られなかったことを報告しています。立場を先に決めておくかどうかが、その場で流されるかどうかを分けているという結果です。

決める立場は粗くて構いません。「全体としては賛成、ただし進め方に懸念がある」で十分です。重要なのは、聞かれたときに0.5秒で取り出せる形にしておくことです。

決める作業は、資料を読み終えてからではなく、読みながら行います。目次と結論のページだけを先に見て、その時点でどちらに寄っているかを一行書く。そのうえで本文を読み、印象が変わったら書き直す。この順序にすると、資料の書き手が組み立てた論理をそのままなぞる読み方から離れられます。

避けたいのは、「どちらとも言えません」で止めることです。これは中立ではなく、判断の放棄として受け取られます。どちらとも言えないなら、後述する「条件」の形に変換して伝えます。

理由 — なぜそう考えるかを一つ用意する

立場だけでは会議は進みません。理由が一つ添うと、意見は検討可能なものになります。

理由は多いほどよいわけではありません。むしろ一つに絞ったほうが議論しやすくなります。三つ並べると、どれが本命か分からず、相手は最も弱い理由を突いてきます。

理由として使える材料は、たいてい次の3つのどれかです。

  • 自分の担当領域の事実 — 「現場の処理量から見て、この期限は厳しいと考えます」
  • 過去の経験 — 「昨年の同様の施策で、初月の登録が想定の半分でした」
  • 数字の読み方 — 「この試算は継続率9割が前提ですが、実績は7割です」

いずれも、その場で新しく考える必要はありません。自分がすでに知っていることを、意見の形に接続するだけです。専門外の議題でも、自分の持ち場から見えることは必ず一つあります。

条件 — どうなれば考えを変えるか

3段階目が、日本の会議で最も欠けている部分です。自分の意見が覆る条件をあらかじめ言えるようにしておくと、意見は主張ではなく検討材料になります。

「現時点では反対ですが、初期費用の見積もりが半分に収まるなら賛成に回ります」。この形は、反対を表明しながら議論を前に進めます。相手にとっては、何を用意すれば合意できるかが分かる情報になります。

条件を添えることには、対立を避ける効果もあります。条件つきの意見は人格や立場の表明ではなく、事実に対する評価として扱われます。相手も「あなたが間違っている」ではなく「その条件は満たせる/満たせない」と応じられます。

条件は、次の3つの型のどれかに収まります。

  • 数字の条件 — 「初期費用が当初見積もりの範囲に収まるなら賛成します」
  • 情報の条件 — 「同業での導入実績が確認できれば賛成します」
  • 体制の条件 — 「専任の担当が置かれるなら賛成します」

条件が思いつかないときは、逆から考えます。「どんな情報が出てきたら安心できるか」。それが出てくれば賛成できるということなので、そのまま条件になります。

決まっていない段階でも言えること

議題が自分の専門外で、立場すら決まらないこともあります。その場合でも「特にありません」以外の選択肢があります。

  • 論点の指摘 — 「判断が分かれるとすれば、費用の回収時期だと思います」
  • 情報の要求 — 「競合の対応状況が分かれば、判断できます」
  • 保留の宣言 — 「今日は判断を保留し、現場に確認したうえで金曜までに回答します」

3つ目が実務では最も使えます。保留は「何もない」とは違います。いつ・誰に・何を返すかを添えた保留は、意見の一種として受け取られます。逆に、期限のない保留は「答えない」と同じに見えます。

ただし、保留を毎回使うと「決めない人」という評価に変わります。保留が成立するのは、判断に必要な情報が具体的に欠けているときだけです。何が足りないかを言えないなら、それは保留ではなく準備不足です。

和を保つことと意見を言うことは両立する

意見を言うことが対立を招くという懸念は、日本に限った話ではありません。Bond 氏らは、Asch の同調実験を再現した17か国133件の研究をメタ分析し、集団主義的とされる文化圏ほど同調率が高い傾向を報告しています。周囲に合わせる力は、程度の差はあれどこにでも働いています。

ただし、同調しやすい傾向があることと、意見を言えば和が壊れることは別です。実務で対立を生むのは意見の中身ではなく、多くの場合その出し方です。前節までの3段階は、そのまま対立を避ける形になっています。立場を先に示すことで相手は身構えずに済み、理由を一つに絞ることで論点が人格から離れ、条件を添えることで合意への道筋が残ります。

反対意見の受け止め方については反対意見を受け止める話し方も参考になります。

意見が出ない会議を変える

進行を担う側にできることもあります。手数は多くありません。

一つ目は、意見を求める前に考える時間を渡すことです。「3分取りますので、賛成・反対とその理由を書いてください」と言うだけで、発言率が変わります。その場で考えさせながら即答を求めるのは、最も意見が出にくい形です。

二つ目は、聞き方を変えることです。「ご意見はありますか」は答えにくく、「この案で一番心配な点はどこですか」は答えやすい。意見の有無ではなく、内容の一点を指定して聞くと、答えは出てきます。

三つ目は、指名の順序です。最初に上位者が意見を述べると、その後の発言はそこへ寄ります。前節の実験結果とも一致する点で、若手・現場から先に聞く順序に変えるだけで、出てくる意見の幅が広がります。

準備の型

会議前の数分で埋める形にまとめます。

項目書くこと
立場賛成 / 反対 / 条件つき賛成のどれか
理由自分の持ち場から見える事実を一つ
条件何が示されれば考えを変えるか
保留判断できない場合、いつまでに誰へ返すか

4行です。埋まらない行があっても構いません。一行でも埋まっていれば、「特にありません」を言わずに済みます

慣れてきたら、会議後にもう一度見返します。自分が書いた条件が議論で扱われたかを確認すると、次回どの粒度で書けばよいかが分かります。

まとめ

「特にありません」は、日本の会議では無難な返答ですが、国際的な場では準備不足や不参加として読まれます。黙る動機がいくつあっても、外からは区別できないためです。

必要なのは完成した結論ではなく、立場・理由・条件の3段階です。判断できないときも、期限つきの保留という形なら意見として成立します。次の会議の前に、この4行を手元のメモに書いてから入るところから始められます。

参考文献・出典

本記事で触れた研究・一次情報は以下のとおりです。

  • Nakane, I. (2006). Silence and politeness in intercultural communication in university seminars. Journal of Pragmatics, 38(11), 1811-1835. https://doi.org/10.1016/j.pragma.2006.01.005
  • Van Dyne, L., Ang, S., & Botero, I. C. (2003). Conceptualizing employee silence and employee voice as multidimensional constructs. Journal of Management Studies, 40(6), 1359-1392. https://doi.org/10.1111/1467-6486.00384
  • Milliken, F. J., Morrison, E. W., & Hewlin, P. F. (2003). An exploratory study of employee silence: Issues that employees don’t communicate upward and why. Journal of Management Studies, 40(6), 1453-1476. https://doi.org/10.1111/1467-6486.00387
  • Tetlock, P. E., Skitka, L., & Boettger, R. (1989). Social and cognitive strategies for coping with accountability: Conformity, complexity, and bolstering. Journal of Personality and Social Psychology, 57(4), 632-640. https://doi.org/10.1037/0022-3514.57.4.632
  • Bond, R., & Smith, P. B. (1996). Culture and conformity: A meta-analysis of studies using Asch’s (1952b, 1956) line judgment task. Psychological Bulletin, 119(1), 111-137. https://doi.org/10.1037/0033-2909.119.1.111